■紫のプロフィール

紫

Author:紫
作家名:望月紫苑
通常の顔文字:(紫・w・)
性別:男
年齢:21歳
身長:170cm
体重:52~55kg
誕生日:1991年8月29日
出身地:千葉県
趣味:PC
高校時代の部活動:合唱
パート:セカンドテナー
必需品:音叉、楽譜
中学時代の部活動:バスケット
好きなアニメ:ARIA
好きなゲーム:ef - a fairy tale of the two.
好きな会社:minori
好きだったオンラインゲーム:CB
CB名:アヴィシス
セカンドCB名:紫/アメジスト
初期使用キャラ:トーヤ
好きな武装:全身紫武装のユフィ
主な出現場所:1ch
CBレベル:35
好きな漫画:ARIA
好きな漫画家:天野こずえ
好きな小説:生徒会の一存
好きな色:紫
好きな誕生石:アメジスト
好きな属性:風、光
好きな役割:後方支援
好きな技:死者の目覚め
好きな特技:円閃牙
好きな奥義:崩龍斬光剣
好きなFOF変化:襲爪雷斬
好きな初級術:リリジャス
好きな中級術:ネガティブゲイト
好きな上級術:インブレイスエンド
好きな秘奥義:閃破瞬連塵
好きな言葉:幻影、夢幻
好きな台詞:忘れたくない想い、ありますか?
好きな四字熟語:画竜点睛
好きな記号:θ、λ
使ってほしい呼び名:紫、紫苑
作成中の小説:猫とアメジスト
その他:歌うことは紫の生きがいです

~歌ランキング~
ベスト1:Sign / miru
ベスト2:さよならのかわりに / つぐみ寮寮生会合唱団
ベスト3:message / fripSide

~キャラランキング~
・男性
ベスト1:飯塚 武也
ベスト2:葵・トーリ
ベスト3:朝霧 海斗

・女性
ベスト1:雨宮 優子
ベスト2:湊 智花
ベスト3:東雲 皐月

~攻略済みゲームリスト(180つ)~
・CLANNAD
・車輪の国、向日葵の少女
・智代アフター
・Little Busters!
・AIR
・Kanon
・青空の見える丘
・FORTUNE ARTERIAL
・夜明け前より瑠璃色な
・Planetarian
・G線上の魔王
・あかね色に染まる坂
・こんな娘がいたら僕はもう…!
・魂響 ~円環の絆~
・その横顔を見つめてしまう ~A Profile完全版~
・Little Busters!EX
・Ever17 -the out of infinity-
・片恋いの月
・片恋いの月えくすとら
・D.C.Ⅱ
・夜明け前より瑠璃色な -Moonlight Cradle-
・ef -the first tale.
・W.L.O.世界恋愛機構
・Wind -a breath of heart-
・祝福のカンパネラ
・ピアノの森の満開の下
・空を飛ぶ、3つの方法
・カタハネ
・W.L.O.L.L.S. -世界恋愛機構 LOVE LOVE SHOW-
・ほしうた
・てとてトライオン!
・空を飛ぶ、7つ目の魔法
・Volume7
・eden*
・そして明日の世界より――
・終わりなき夏 永遠なる音律
・ゆのはな
・ツナガル★バングル
・しろくまベルスターズ♪
・遥かに仰ぎ、麗しの
・ほしうた -Starlight serenade-
・ナツユメナギサ
・サナララ
・Scarlett
・もしも明日が晴れならば
・ましろ色シンフォニー
・Airy[F]airy
・この青空に約束を―
・ショコラ
・パルフェ
・フォセット
・みずいろ
・暁の護衛
・Like a Butler
・暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~
・恋色空模様
・恋する乙女と守護の楯
・コンチェルトノート
・さくらシュトラッセ
・明日の君と逢うために
・暁の護衛 ~罪深き終末論~
・星空のメモリア
・素晴らしき日々 ~不連続存在~
・星空のメモリア Eternal Heart
・メルクリア ~水の都に恋の花束を~
・夏空カナタ
・明日の七海と逢うために
・天神乱漫
・彼女たちの流儀
・Areas ~空に映すキミとのセカイ~
・夏ノ雨
・置き場がない!
・光輪の町、ラベンダーの少女
・クドわふたー
・黄昏のシンセミア
・ヨスガノソラ
・さくらむすび
・秋空に舞うコンフェティ
・ハルカナソラ
・アメサラサ ~雨と、不思議な君に、恋をする~
・きっと、澄みわたる朝色よりも、
・涼風のメルト
・ef - a fairy tale of the two.
・天使の日曜日
・家族計画
・星空へ架かる橋
・恋神 -ラブカミ-
・キサラギGOLD★STAR
・さくらさくら
・よつのは
・ぶらばん!
・Flyable Heart
・Purely ~この狭い青空を見上げて~
・恋と選挙とチョコレート
・君の名残は静かに揺れて
・なないろ航路
・Clover Heart's
・のーぶる★わーくす
・しゅぷれ~むキャンディ
・H2O √after and another Complete Story Edition
・AQUA
・Flyable CandyHeart
・ラブラブル
・ひなたテラス
・グリザイアの果実
・猫撫ディストーション
・Steins;Gate
・ななついろ★ドロップス
・ヴァニタスの羊
・穢翼のユースティア
・空色の風琴
・CURE GIRL
・サクラの空と、君のコト
・はるかぜどりに、とまりぎを。
・舞風のメルト
・いろとりどりのセカイ
・君を仰ぎ、乙女は姫に
・キラ★キラ
・こいとれ
・シュクレ
・your diary
・未来ノスタルジア
・恋色空模様FD
・神聖にして侵すべからず
・うたてめぐり
・WHITE ALBUM2
・翠の海
・スズノネセブン!
・スズノネセブン! Sweet Lover's Concerto
・花と乙女に祝福を
・花と乙女に祝福を ロイヤルブーケ
・シークレットゲーム-KILLER QUEEN-
・シークレットゲーム CODE:Revise
・グリザイアの迷宮
・カミカゼ☆エクスプローラー!
・はつゆきさくら
・真夏の夜の雪物語
・Strawberry Nauts
・あまつみそらに!
・アッチむいて恋
・ましろサマー
・秋のうららの
・ツクモノツキ
・水の都の洋菓子店
・さくらビットマップ
・se・きらら
・リリカル♪りりっく
・星空へ架かる橋AA
・DRACU-RIOT!
・氷華の舞う空に
・D.C.Ⅲ
・この大空に、翼をひろげて
・はるまで、くるる。
・ユユカナ
・眠れる花は春をまつ。
・はぴとら
・春季限定 ポコ・ア・ポコ!
・×××な彼女が田舎生活を満喫するヒミツの方法
・波間の国のファウスト
・いたいけな彼女
・Faint Tone
・1/2 summer
・ANGEL NAVIGATE
・ボクラはピアチェーレ
・終わる世界とバースデイ
・StarTRain
・さくら、咲きました。
・いろとりどりのヒカリ
・Clover Point
・忘レナ草
・こなたよりかなたまで
・ゆきうた
・そらうた
・リアル妹がいる大泉くんのばあい
・アンバークォーツ
・LOVELY QUEST
・恋愛0キロメートル
・初恋サクラメント
・死神の接吻は別離の味
・ピュアガール

■紫の記述
■皆の温かいコメント
■トラックバック
■月別検査
■紫のカテゴリー
■空間転移装置

いろんな場所へ飛ぶことが出来ます

このブログをリンクに追加する

■礼拝者総数

おかげさまで20000ヒットです♪

次は30000ヒット目指してこれからも運営していきます♪

■紫のセルフィ

■ブロとも申請フォーム
■紫的ブログ内検索

■RSSフィード
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
第二話・白き光華と紅き結晶(後編)~
「な・・・何・・・?」

そのころ音楽室の内部では白い光が輝いて、目を開けることすらできない状態だった。

莉翠は白い光に包まれるなり、誰かの語りかけを聞いた。

(―――契約を結ぼうよ)

一体何だ、と剣を交えていた縣も男も思わず手を止めて光の発生源に目をやった。

(莉翠は宝石の名前を知ってるでしょ?)

声は直接聞こえてくるわけではなく、頭の中に向かって聞こえてきた。

宝石の名前。

そんなものは知らない、と言いかけた口が止まった。

莉翠の頭の中には、宝石の名前が自然と浮かび上がってきた。

(・・・なんだろう?なんだか昔から知っていたみたいなこの感覚は・・・)

まるで声の主から温かい何かが流れてきているみたいだ。

初めて聞いた声だと言うのに、親しみすら感じる。

莉翠はすうっと息を吸って、自分を落ち着かせた。

「白き光華の輝きよ!セレーネ!」

そう叫んだ瞬間、光は莉翠を完全に包み込み、三日月の形をしたもの―――ツバキが付けているものと全く同じもの―――がいつの間にかヘアピンとなって頭に張り付いていた。

「莉翠、私の呼びかけに答えてくれてありがとう」

今度は直接声が聞こえてきた。

喋っているのは自分の腕に抱きかかえているツバキだった。

「・・・ツバキ・・・なのね?」

「えぇ、そうよ。それより莉翠、説明している時間はないの。詳しいことは後で話すから、今は私の指示に従って縣君の援護に専念してほしいの」

「縣君を助けてことができるのね?分かった。今はツバキの指示通りに動いてみるわ。それで、私は何をすればいいの?」

何を疑うわけでもなく、莉翠はツバキを信じて協力することにした。

「別に難しいことをするわけじゃないわよ。莉翠は宝石の使い方を知っているはずなんだから。ほら、宝石に耳を傾けてみて。感じるでしょ?セレーネの力を」

言われるがままに、莉翠はセレーネに耳を傾けた。

力が溢れてくる。

「そうだ、莉翠。私からの差し入れよ」

ツバキはそう言うと、一つの指揮棒を出現させた。

特に何の変哲もない、どこにでもあるような普通の指揮棒だった。

だがツバキはそれを光で包み、指揮棒の形状を変えた。

変化したそれは、丸い水晶のついた白い杖だった。

「こ・・・これは・・・?」

「精神を光華に変えてしまうと言われている純白な杖「セメリアロッド」。あなたなら、これを使いこなすことができるはずよ」

握っているだけで心を刺激させる。

そして、莉翠の頭の中にはいつの間にか一つの術が浮かんできた。

莉翠は杖の先端を床と隣接させると、精神をどこかに集中させた。

(あれは・・・!)

男は莉翠の方へと駆け出していった。

莉翠は自らを中心に光の魔方陣を描き、目を閉じて術の詠唱へ入っていた。

男はそれを妨害しようとして剣を振り下ろした。

だが縣がそれを許さなかった。

「貴様!」

「お前の好きにはさせないぞ!」

振り下ろされた剣を、縣は横から乱入して自分の剣で弾き返した。

剣と剣とが触れ合って、鈍い音がする。

「―――謳われし姫君よ」

「邪魔だ!退きやがれ!」

「そう言われておとなしく引き下がるとでも思ってるんですか?」

一歩も譲らないというように、縣は剣を使って、間も置かずに迫ってくる男の連撃を必死で何回も抑さえ込んだ。

「―――白銀の響きを詠じ、仇なすものに光華の旋律を奏でよ!」

縣がその連撃を食い止めている間に、莉翠は詠唱を済ませて目を見開いた。

「御心の意志よ!シルメリア・シンフォニー!」

杖の水晶が強く光り、莉翠の描いた魔方陣と同じものが男の足場にも描かれた。

その魔方陣から光の粒子が浮き上がり、男を巻き込んだ。

凄い衝撃で肌がチリチリ焼け、心臓すら焦がすような痛みを感じさせた。

(今だ!)

さらに大量の光の粒子で目が眩み、男の動きが鈍る。

その隙を突いて縣は剣を横に振るう。

「ぐぁ!」

腹部に剣を斬りつけられて、男は思わず後退した。

最も、後退したのは斬りつけられるよりも僅かに早かったため、致命傷は上手く避けたみたいだった。

「ナメんなぁ!獅光滅破!」

男は痛みを抑えつつ、縣に向かって闘気を放った。

縣は防御体勢を取ったのにも関わらず壁際まで思いっきり吹き飛ばされた。

莉翠が思わず縣のもとへ駆け寄る。

男の方は縣を吹き飛ばした直後、斬られた腹を押さえつけて片膝をついた。

「くそっ!この傷ではこれ以上の深追いは危険か・・・」

そう言い終えると、男は自らの足元に黒い魔方陣を描いた。

「縣・・・それに莉翠と言ったな。俺はまだ死ぬわけにはいかないんでな。この場は見逃してやるが、次こそは貴様らの猫を奪って取ってやる!」

「ま、待て!」

「俺の名はレオン。レオン・ディスカバリーだ。覚えておくんだな!」

魔方陣と共にレオンが消えかかる。

縣はすぐに走り寄って、レオンに対して剣を振った。

だが縣の剣は何もない場所を斬り、空気を僅かに振動させただけだった。

レオンは完全に別の場所へ飛び去ってしまったようだ。

「・・・逃がしちゃったね」

「うん・・・やっぱりあの雷撃が効いたかな・・・」

本来なら、縣の速度で十分追撃することが可能なはずだった。

だが雷撃のダメージは、受けてから随分経った今でも継続的に続いている。

それに加え最後に壁際に吹き飛ばされて距離をとられたため、動きの鈍っていた縣ではその距離を縮めることができなかった。

それでもレオンの気配が完全に消えているのを感じると、安心感がドッと吹き出た。

ふぅ、と息をついているのも束の間、後ろからバタッという音がした。

振り返ってみると莉翠がその場で倒れていた。

ツバキは莉翠を心配そうに見ると、縣に助けを求めるように視線を向けた。

無論、縣自身も心配だったのですぐに駆け寄った。

「莉翠ちゃん、大丈夫?」

縣は莉翠を抱き起こすと、外傷がないか確認した。

幸い、見た目から察するに特に何もなかった。

「縣君、ごめんね。ちょっと目眩がして・・・」

莉翠は目を強く押しながら、荒い息を吐いた。

「無理もないわ。いきなり力の制御も分からないまま魔術を使ったんだもの。精神を大量に使いすぎて疲労が無駄に溜っちゃったのね。本来ならパートナーである私が先に教えるべきだったのだけれど・・・」

横でツバキが申し訳なさそうな表情をしながら言った。

縣は魔術を使ったことがないし、アメジストにだって魔術の力はあまりない。

あの状況で力の制御について教えてやれるのはツバキだけだったのだが、レオンの対処で手がいっぱいだったため、ツバキの判断はある意味で正しいものだった。

「う・・・うん、気にしないで。もう平気だから」

どうやら目眩は治まったようだが、息遣いはまだ荒く苦しそうだった。

「あの・・・追い討ちをかけるようで悪いんだけど、壊れた部分の修復をしておかないと・・・」

ツバキに言われて、縣は教室を見渡した。

先ほど十字型に破壊された床や剣でやりあったときについた傷によって、音楽室は見るも無残な姿に変わっていた。

「あ、そうか。ちゃんと修復しておかないと、また学校中の噂になって混乱を招いちゃうよね。それに屋上のときと同じような言い訳は二度も通用するとは思えないし・・・」

別にほたる先生なら詮索をしてくることもないので特に問題はないのだが、さすがにこの惨状では、何があったのかと心配をかけてしまう。

屋上の件だけでも十分怪しいというのに、蓄積させるようにこれ以上心配をかけるわけにもいかなかった。

「あれ?でもどうやって元に戻そう?こんなに崩壊してたら元に戻すなんて・・・まさか手で直すなんてのは無謀なことだし・・・」

「宝石の力を使えば修復することができるわ」

「よし、だったら騒ぎにならないうちにやろう!アスカ、早く修復しようよ!」

縣はすぐにでも修復を試みようとするが、アスカは首を大きく振った。

付け足すようにツバキが喋りだした。

「縣君、残念だけどアメジストに回復術の能力は備わっていないわ・・・ちょっと言いにくいんだけど、莉翠の持っているセレーネなら、本来中心となっている能力が回復術だから可能だとは思うけど・・・」

「え・・・でも・・・」

莉翠は先ほど精神を多く使い、今から回復術を使うことは困難だ。

どうやら先ほどツバキが言った「追い討ちをかける」とはこのことだったようだ。

「だ・・・大丈夫・・・私にしかできないんなら私がやるしかないわ」

「莉翠ちゃん・・・」

「莉翠、今度は落ち着いて唱えて。回復術なら、安定して放てばそんなに負担はかからないと思うから。ただし、いくら負担が少ないと言っても、今の状態だとあまり多くは使えないわよ」

「うん、わかった。やってみる」

縣は莉翠の足取りがあまりにもふらついていたので、自らの肩を貸してやった。

莉翠は一瞬驚いた様子だったが、すぐに表情を変えてニッコリしてみせた。

「あ、莉翠、回復術には二種類のものがあるのよ。一つは「蘇生術」と呼ばれていて、対象を過去の状態に戻せることができるもの。もう一つは「治癒術」と呼ばれていて、対象の治癒効果を早めることができるもの」

「え~と・・・」

「つまり「蘇生術」っていうのは壊れた物を以前の状態に修復すること。主に「無機物」に対して使うものよ。「治癒術」っていうのは、早い話だと細胞を持っている「生き物」に対して使えるものよ。人間が怪我をしても勝手に直るのは人間自身に治癒能力が備わっていて、細胞を繋ぎ合わせることができるからでしょ?その能力を極端に早めるものを「治癒術」というの」

物覚えの良い莉翠はどうやら理解したらしく、床に対して「蘇生術」を使い始めた。

白い魔方陣が浮かび上がる。

「範囲もちゃんと考えないとダメよ。なるべく少ない精神で蘇生させないと、今の莉翠じゃ負担がさらに大きくなってしまうわ」

言われるままに魔方陣の大きさを慎重に調節して、床に向かって放った。

白い魔方陣が波紋を描くように輝き、崩壊していた床は一瞬のうちに、普段から見慣れた普通のタイル型の床に戻った。

「うぅ・・・」

莉翠は再び目眩を起こした。

今度は縣が肩を貸していたため倒れはしなかったが、これ以上術を使っては莉翠の精神が持たないだろう。

「莉翠ちゃん、もう床の修復も済んだみたいだし少しここで休んでいこう。今の状態でまた下校中にでも狙われたら対処しきれないよ」

「何言ってるのよ。まだ縣君の治療が済んでないわ」

そう言われて、縣はようやく自分が傷だらけだということに気付いた。

しかし今は自分のことを優先する気にはなれなかった。

「僕のことは後でいいから、先に自分のことを心配しないと・・・」

「ダメ!縣君が先!」

なぜか妙に強い気迫の前に圧倒されて、縣は観念して治療を受けさせてもらった。

莉翠は杖からまばゆい光を放射させた。

だが、その光はすぐに弱まってしまった。

「・・・っ」

光が完全に消え去ると、莉翠は再び目眩を起こした。

「莉翠、やっぱりもうやめましょう。さっきも言ったように、これではあなた自身の身がもたないわ」

「でも・・・」

「別に宝石の力を使わなければ平気だから、一般的な治療ぐらいならしても構わないわ」

そう言ってツバキは莉翠のバッグから勝手に包帯を取り出すと、本人に差し出した。

しかし莉翠はまだ納得してないようだった。

宝石の力を使えば、おそらく傷くらい一瞬で直るだろう。

それに比べて包帯は応急処置のようなものだ。

不満そうな表情を浮かべていたので、縣はどうしたものかと考えた。

「莉翠ちゃん。これ以上倒れたりしたらこっちが心配しちゃうよ。とにかく宝石の力はもう使っちゃダメだよ」

それに便乗してアスカも、そして隣にいたツバキも縣の意見に同意して、莉翠はうまく丸められてしまい包帯を持つ手を動かした。

「・・・そういえばツバキ、さっき言ってたもう一つの回復術・・・治癒術っていうものも対象を一瞬で回復させられるの?」

縣の腕に包帯を巻きながら、莉翠はツバキに聞いてみた。

「一瞬と言えば一瞬だけど、蘇生術よりは時間がかかるわね。蘇生術を「修復」と例えるなら、治癒術は「結合」とでも言うのかしら?」

「結合・・・?」

「さっきも言ったように、治癒術は細胞をつなぎ合わせる能力を早めることよ。その速度は約七百六十五倍だそうだけれど・・・まぁそういうわけだから傷の深さによって治癒速度はマチマチよ」

「ん~・・・」

話をさり気なく聞いていた縣は、治癒術とやらについて自分なりに考えた。

「つまり仮にも一週間で直る怪我があるとして、一週間は六十万四千八百秒だから・・・それが七百六十五倍で直るってことは約七百九十秒で・・・分に換算すると約十三分で直るってことだよね?」

「え・・・え~と・・・それは今計算して求めたのかしら・・・?」

ツバキは思わず唖然とした。

莉翠も同じような状態になり、その間包帯を巻く手が止まっていた。

「ん?そうだけど・・・」

「今のを暗算で解くなんて・・・縣ってそんな特技があったんだ」

アスカも驚いているようだった。

どうやら縣は計算力に関しては超人を名乗れるほど凄いらしい。

最も、特技と呼べるのかは微妙なところだが。

そんなこんなで包帯を巻いてもらっている間、縣達は笑いながら雑談をしていた。

「うわ!な、なんだ!」

そんなことをしていると、突如アメジストが輝いた。

しかしその輝きはアメジストの本来のものである紫色の光ではなく、むしろ紅い光に見えた。

その光は外へと出ると、下の階のどこかの部屋へと飛ばされた。

音楽室の真下は被服室であり、そのさらに隣は調理室である。

見た感じだと真下に飛ばされてはいなかったような気がするので、調理室に飛ばされた可能性が高かった。

「い・・・今のは一体・・・?」

「あれはどこかで見たことが・・・ん?そういえば紅の宝石の輝きに似ていたような・・・」

縣が事情を飲み込めない一方で、アスカは今の輝きに心当たりがあるみたいだった。

「アスカ、何か知ってるの?」

「え~と・・・アメジストには四つの宝石を精製できる能力があるっていう話は前にしたよね?」

「あ、うん。確かその中の蒼い宝石であるインディゴは先輩の手に渡って、他にも紅、翠、昏の宝石を精製することができて・・・あ!」

縣はアスカの言っていることをようやく飲み込めた。

「僕が何を言いたいのか、なんとなく分かったみたいだね。そう、あれは紅の宝石の輝きによく似ているんだ。もしあれが本当に紅でそれが覚醒したってことは、別の場所で誰かが襲撃されてる可能性も十分に考えられるよ・・・」

「それなら早く行かないと!」

すぐさま立ち上がった縣はアスカを肩に乗せて、宝石が飛ばされたと思われる調理室へと向かおうとした。

「あ、待ってよ、縣君!まだ傷の手当が終わって・・・」

「莉翠ちゃんはそこで待ってて!すぐに戻るから!」

莉翠の言葉も全く聞かずに、縣は音楽室を後にした。

縣の動きに合わせて、巻き途中の包帯が床に引きづられながら移動を始める。

やがてその姿は莉翠の視野から外へ出た。

「・・・もう、心配してあげてるのに・・・」

縣にはもはや聞こえないと分かってはいたが、声が勝手に口から出てきたのだからしょうがない。

「しかも「待ってて」とか無理注文言ってくるし・・・あんな傷だらけなのに私だけ待ってるだけなんて、できるわけないじゃない・・・」

「そういうあなたも精神の使いすぎよ。他人のことは心配できるのに自分のことは心配できないのね」

横でツバキが思うがままに突っ込みを入れる。

「ごめんね、ツバキ。でもやっぱり見過ごせないわ」

莉翠は一度言ったら引き下がらない。

それは先ほどのやり取りを見ただけでも、ツバキには十分すぎるほど分かっていた。

パートナーというものは、それほど親近的な関係にあるものだ。

むしろ自分自身を見ていると言っても、強ち間違ってはいない。

「もう、分かったわよ。それじゃあ早く縣君を追いかけましょ」

どうせ止められないことは分かっていたので、ツバキはしばしば莉翠の意見に賛同した。

余った包帯をバッグにしまい、ツバキもその中に身を潜めた。

そして莉翠は両手でバッグを持ち、音楽室を後にした。

誰もいなくなった音楽室は妙に静かで、開けっ放しの窓からは僅かに風が吹き込んだ。








(―――契約を結んでみない?)

突然、何か神秘的な輝きを発するものが瑞奈に向かって飛んできた。

瑞奈はそれを手にすると同時に紅い光に包まれ、主の分からない声を聞いた。

そんな瑞奈を、少し離れた場所から海斗とヴェイグが何事かと見ていた。

(あなたは・・・?)

(―――あいにく、名乗っているほどの時間がないのよ。その話は後に繰り越して構わないかしら?)

(えっと・・・)

(―――何の説明もなしに私みたいな正体不明の者に従うのは心配かもしれないけど、あなたが何とかしないと海斗とかいう男の子がやられちゃうわよ?)

そう言われた瞬間、瑞奈は背筋がゾッとした。

海斗がやられたときの姿なんて、想像するだけで震えが止まらなくなる。

(・・・どうすれば・・・いいの?)

(―――良かった、とりあえずこの場は信じてくれるのね。それじゃあ指示を出すわ。とは言っても、あなたは宝石の使い方を既に知っているはずなのだけれど?)

(・・・宝石)

ついさっき手元に飛んできて、今現在自らの手に掴んでいる物のことだろうか。

紅色の宝石は、呼びかけるように強く輝きを増している。

(・・・不思議なものね。この宝石は、ついさっき手にしたばかりなのに・・・)

名も知らぬ宝石のはずなのに、妙に手に馴染む。

ずっと昔から肌身離さず持っていた大事なもののようにすら思われた。

(そうよ、この宝石の名前は―――)

しかも、その名に心当たりがあるのだから驚きだ。

「紅き結晶を紡げ!ルベライト!」

瑞奈は契約の言葉を口にした。

すると紅い輝きはより一層増し、教室全体を紅一色に包んだ。

(・・・どう見ても・・・あれも宝石だよな?)

海斗はさっきまで黙って事の成り行きを見守っていたが、今更ながらに瑞奈を強引にでも逃がしておけばよかったと後悔していた。

(全く・・・あいつはいつも騒動に首を突っ込んでくる・・・)

海斗は瞬間的に後退し、瑞奈を背中に庇うような位置に立った。

「瑞奈、お前は後ろに下がってろ。あいつは俺がやる」

「な、何でそうなるのよ!私だって一緒に戦う!」

瑞奈が全くおとなしく引き下がらないので、海斗はどうしたものかと頭を掻いた。

いくら能力を手に入れたからといって、危険だということには変わりない。

相手にだって、同じ能力が備わっているのだから。

それに便乗して、瑞奈はまだ手に入れたばかりの宝石の制御をすることができない。

なおさら危険を伴うことになる。

「お前は戦闘には不慣れだろ。第一、瑞奈を騒動に巻き込む気はない。前線突っ込んで死んだ方が迷惑な話だ」

「でも・・・!」

「はぁ~い、ストップストップ~」

ちょっとした言い争いをしているところに割り込んできたのは、瑞奈の飼い猫の一匹であるリリスだった。

リリスは海斗を伝って頭までよじ登り、そこから瑞奈の右肩に飛び乗った。

「リリス?・・・そうか。言葉が通じるってことは、猫として選ばれたのはお前だったのか」

「リリス姉さんだけじゃないわよ」

海斗がリリスに対して納得していると、別の者が首を突っ込んできた。

もう一匹の猫であるレイラだった。

「レイラも・・・か?」

一つの宝石に対して、人間と猫の契約者はそれぞれ一人、または一匹まで。

海斗は昨日、さり気なくアスカから聞いていた。

それなのにも関わらず、ここには猫の契約者が二匹いる。

二匹とも言葉が通じているのだから、嘘は付いていないはずだ。

よく見ると、分裂したルベライトは、二匹ともちゃんと身に付けている。

そして、瑞奈も全く同じものを持っている。

「・・・同じ宝石が三つ?おいハヤテ、こういうことも可能性としては起こりうるのか?」

「宝石のことは俺もまだよく分かってないんだけど・・・。ん~・・・でもアスカは確かに、原則では一つの宝石につき契約できる猫は一匹までって言ってたはず・・・」

ハヤテは少し考え込んでいたが、やがて答えは見えてきた。

「・・・そういえば後から改めて聞いた話なんだけど、あれは単に「数が増えると扱いが難しくなるから、そういう意味で一匹まで」っていうだけの話で、使用者の実力や性格によっては二匹以上でも別に構わないんじゃないの?」

「そうなのか。でも扱いが難しいってことは、瑞奈への負担も大きくなるってわけだよな?」

「たぶん、当たらずともそうだと思うよ」

「だったら、なおさら瑞奈を使うわけにはいかない。下がっておくべきだ」

瑞奈の身を案じてか、それとも実力不足で邪魔者だからなのかは知らないが、少なくとも瑞奈自身は海斗の言葉に納得がいかなかった。

ムスッとしている瑞奈に手を貸したのは、リリスとレイラだった。

「海斗さん、用は瑞奈を前線に連れ込んで戦わせなきゃいいんですよね?」

「だったら、私達に任せて♪」

「リリス、レイラ、何言ってるのよ。私だってちゃんと戦えるわ!」

さらにムスッとした瑞奈を押さえ込むように、二匹は話を続けた。

「勘違いしないの。確かに私達は「瑞奈を前線に連れ込ませない」とは言ったけど、後衛で援護しちゃいけないとまでは言ってないわよ?」

「え・・・?それって・・・」

目を丸くしている瑞奈に対して、リリスもレイラもにっこりと微笑んだ。

「言い換えれば「戦っても構わない」と言っているのかしら。ま、そういうわけだからちゃんと指示通りにやりなさいよ?」

「リリス、レイラ・・・ありがとう。それと海斗、もう何も言わせないわよ。私も海斗に協力するわ」

「いや・・・でもなぁ・・・」

やっぱり巻き込みたくはない、と言っている自分が微かに目を覗かせた。

だが瑞奈の目を見た瞬間、すぐに引っ込んだ。

もうすでに決心したような目だ。

こうなってしまっては、もう何を言っても無駄だろう。

「ダメだ」と言った瞬間、無理にでも戦おうとするような気がする。

第一リリスもレイラも同意しているのだから、この状況は三対一の多数決で決まっているようなものだ。

ハヤテは何も言わないので、おそらくどちらでもいい中立派なのだろう。

「・・・全く・・・しょうがないな。ただし、絶対前には出てくるなよ」

「心配しなくても瑞奈は前衛に関しての能力は皆無ですから、出ようとしても出られませんよ」

「そんなわけで強制的に攻撃方法は後方からの「魔術」になっちゃうわね」

「リリス・・・レイラ・・・それはけなしているのかしら?それとも私の後衛能力を見越してのことなのかしら?」

正直なことを言われて微妙にへこんでいる瑞奈に対して、二匹は「さぁね~?」と言って普通に流してしまった。

隣では「こいつら本当に大丈夫なのか?」と不安げにしている海斗がいた。

「なぁ、早く用を済ませてくれ。さすがに待つのが疲れてきた」

ヴェイグは暇すぎて、スバルを潰しながら思わずあくびを出した。

「ふ~ん、さっき奇襲をかけて乗り込んできた割には律儀なやつじゃないか」

「あぁ、ちょうどこいつを潰す時間だったからな。だがそれもいい加減に飽きてきた。ちょっとさっきみたいに遊んでくれよ」

ヴェイグはさらにもう一度あくびをし終えると、スバルを適当に蹴り飛ばしてから短剣を握り直した。

スバルの方は壁に思いっきりぶち当てられて痛そうにしていたが、普段から慣れているのか、すぐに起き上がってヴェイグの近くに駆け寄った。

「海斗さん、時間稼ぎお願いしますね」

「たぶん後は瑞奈がドカーンとやってくれるから♪」

「な・・・なんだそりゃ・・・」

やっぱりこんなお気楽なやつらに任せるのは心配になってきた、と海斗は思ったが今更もう戻れはしない。

こうなってしまったら、レイラの言った「時間稼ぎ」とやらに協力して、リリスの言った「ドカーン」とやらに賭けてみるしかないだろう。

―――カッ!

海斗とヴェイグがナイフの刃を交えた。

激しいぶつかり合いで、火花が散った。

ヴェイグの動きは素早く、先ほど戦ったときの速さと何ら変わりはない。

海斗の方はというと、その動きを目で追うのがやっとだった。

「―――澄み渡る天候の抱擁」

術の詠唱を唱える声が海斗の後ろからして、ヴェイグは一瞬驚いた。

唱えているのはもちろん瑞奈だ。

蒼い魔方陣はみるみるうちに輝きを増す。

その大きさは海斗が今までに見たもの―――クードやヴェイグのもの―――よりも格段に大きい。

ヴェイグの顔は驚きと焦りに満ちていた。

さすがにこれほどまでに広大な魔方陣を見ることは滅多にないのだろう。

実は海斗の方も、なぜ瑞奈がこんな凄まじい力を漂わせているのか不思議だった。

だが海斗は一瞬だけ瑞奈の位置を再確認すると、自分からヴェイグに斬りかかるようなことはせずに瑞奈を護衛することに専念した。

ヴェイグはというと、海斗を無視して瑞奈の詠唱を止めるべくそちらに集中的に攻撃を仕掛けようとした。

剣が瑞奈に振り下ろされるが、海斗が素早く受け止める。

ヴェイグは剣を直接当てることは困難だと思ったのか、今度は剣から風圧を出して間接的に狙ってきた。

(このインディゴ野郎の実力じゃ、俺の風圧は防げねぇぜ)

力量の差は先ほどの勝負で歴然としている。

ヴェイグもそれを見越してのこと、悪い判断ではなかったはずだ。

だが不思議なことに、海斗はそれを全て蒼い風圧で相殺した。

いや、相殺したというよりは瑞奈への決定的ダメージを抑えただけだった。

瑞奈は風圧で体中を斬りつけられたが、詠唱を止めることはしなかった。

「何ぃ!」

海斗は手を止める間もなく、ナイフで思いっきりヴェイグを押し出して瑞奈との距離を遠ざけた。

ヴェイグとしては、先ほどまで優勢だったのにも関わらず突然力負けし始めたことで焦りが増した。

「―――彼の者に御使いの祝福を」

その間にも瑞奈は着々と陣を描き続けている。

「ちっ!こいつでどうだぁ!」

ヴェイグは短剣を数本掴むと、海斗に向かって投げ飛ばした。

避けられないほど速いものではなかったので、海斗はそれを軽々とかわした。

(しまった!)

その瞬間、あることに気づいた。

今の短剣は自分を狙ったものではなく、後ろの瑞奈を標的として捉えていた。

しかも、かなり正確に真っ直ぐ飛んでいるように見えた。

海斗は咄嗟に自らのナイフを、ヴェイグの投げた短剣に向かって投げた。

「うわっ!」

その瞬間、海斗の目が紅く輝いた。

目の前が真っ赤に染まっている。

何が何だかよく分からなくなり、ナイフは手から離れてどこかに飛んでいった。

―――キィィィン!

鉄と鉄が擦れあって鈍い音がした。

「何!飛び道具を飛び道具で返しただと!」

ヴェイグは目の前で放心している。

どうやら、海斗のナイフとヴェイグの短剣がぶつかり合ったようだ。

動いているものに対して正確に物を当てるなど、本来なら相当の大技だ。

だがそれを海斗は目の前でやってみせた。

最も、一番放心していたのはそれをやってのけた海斗のようだった。

「な、何だ・・・今の紅い光は・・・。一瞬、世界が血塗られたような感じが・・・」

「目が紅く輝いただと?・・・まさかお前も紅眼を・・・!」

そう言われて海斗は自分に今何が起こったのか、一つの可能性を頭に浮かべた。

今のはおそらく紅眼の覚醒だ。

ヴェイグが持っている「紅眼」が、自分にも同じように備わった。

そう考えるのが、一番妥当だ。

ヴェイグは「紅眼には飛び道具を見極める力がある」と言っていた。

その能力と今の行動はよく似ているし、むしろ完全に一致していると言ってもよい。

そうでなければ、海斗が飛び道具を無効化するなど決して考えられないからだ。

「―――仇名す者に終焉を与えよ!」

放心していたヴェイグは、ようやく精神を元の世界に戻した。

しかし気付いたころにはもう遅く、瑞奈の魔方陣は完成していた。

眩しいほど輝く蒼い光は、海斗やヴェイグを巻き込んで部屋全体すら包み込む。

相当莫大な魔力を込めたのだろう。

「精粋の導き手よ!ブルーリア・ウェザリウス!」

すると六角形の輪がヴェイグを捕らえ、その中でのみ圧力が急激に増した。

あまりの重さにヴェイグは身動きがとれなくなり、その場で片膝をついた。

今度は頭上に積乱雲が出現し、そこから大量の雨が降り出した。

だがそれはただの雨ではなかった。

降ってくる雨は全て閃光のように鋭く、ヴェイグの全身を襲った。

しかし当のヴェイグは、凄い圧力に押しつぶされているのにもかかわらず、降下してくる雨を短剣で何とか打ち返した。

降り注ぐ雨は「飛び道具」として扱われ、紅眼を持っているヴェイグにとっては全てスローモーションに見えた。

だが標的が見えていても、それを対処できなければ紅眼は効力を成さなかった。

圧力で動きを鈍くさせられ、簡単に避けられるはずの飛び道具を全て避けることができなかった。

結果、全身を閃光で傷つけられ、限界ギリギリだと言うように身体が悲鳴をあげていた。

逆に海斗の頭上には乱層雲が現れ、同じように雨が降り注いできた。

だが海斗に向かって降ってきたのは閃光の雨ではなく、透き通った雫のような雨だった。

それが穏やかに海斗の肌に触れると、吸い込まれるように体内に吸収されていった。

すると先ほど付けられた傷がみるみるうちに塞がっていく。

瑞奈は一度の術で、ヴェイグを仕留めることと海斗を回復させることを同時にこなした。

「先輩!」

そのとき反対側のドアが開きだした。

音楽室から駆けつけてきた縣が剣を持ってそこに立っていた。

「先輩方!大丈夫ですか!」

少し遅れて顔を見せたのは、同じように音楽室から駆けつけてきた莉翠だった。

「ちっ!また能力者か!・・・まぁいい、俺の実力なら四人ぐらい・・・」

「ヴェイグ、ここはもう大人しくずらかった方が・・・」

「うるせぇ!テメェは黙って見てやがれ!」

強がっているヴェイグに対してスバルは冷静に案を出したが、拒否されてしまった。

だがスバルはヴェイグの言うことを無視して、空間に大穴を開けて飛び込んだ。

すると今度は、空間の中から強引にヴェイグを引きずり込んだ。

「ま、待て!まだ決着はつけてねぇぞ!おい!テメェ!さっさと止めやがれ!」

ヴェイグは抵抗するが、スバルは引力を強めて完全に大穴の中へ引きずり込んでしまった。

そして引きずり込まれると同時に、大穴は閉鎖して通行不可能となった。

「・・・な、何とかこの場は凌げたのか?」

「・・・そ、そうみたいですね・・・」

先ほどまで戦闘のあった部屋は、緊迫感が漂っている空間のような感覚に満ちていて、冷や汗が止まらなかった。

「そういえば縣、そっちの女は誰だ?」

「あ、僕のクラスメートの莉翠ちゃんですよ。ちょっとワケありで宝石の力が覚醒しちゃって・・・」

「何だ、そういうことか。それならこっちも同じようなもんだな。実は瑞奈のやつもどういうわけか覚醒しちまっ・・・って、おい!瑞奈!」

海斗が瑞奈を指差そうと後ろを振り向くと、肝心の瑞奈が倒れていた。

海斗はすぐさま駆け寄り、少し遅れて縣も莉翠も傍に寄っていった。

「う~ん・・・ちょっと力を使いすぎたのかしら・・・」

「そう・・・ね。さすがにいきなりあんな強力な術を使ったのはまずかったのかも・・・」

リリスとレイラが納得しつつ、自分たちの主を心配しているかのように表情を曇らせた。

「おい、一体あの術は何だったんだ?そもそもあのヴェイグとかいうやつは串刺しにされたっていうのに、それと同時に俺の傷が塞がっていったっていう時点でよく分からないぜ?」

「そう・・・なんですよ。あの術は攻撃と回復を同時に行う技。だから術者への負担もかなり大きいんです・・・」

リリスが「やっぱり止めさせておけばよかったかしら・・・」と小声で言っているのが、海斗の耳にはしっかりと届いた。

レイラの方も、同じようなことを聞こえないように言っていた。

「全く・・・それにしても倒れちまうぐらい強い術使いやがって・・・無茶するぜ・・・」

「それは海斗さんも同じでしょ?瑞奈をふっ飛ばしてまで一人で戦おうとしてたじゃないの」

レイラが海斗に対して突っ込みを入れる。

「まぁ私としては、何で瑞奈を護ってるときだけ攻撃の威力も速度も瞬発力も高くなったのかが気になりましたけどね」

リリスが違った疑問を独り言のように呟いた。

「あ?そうなのか?俺は最初から最後まで同じように戦ってたぞ?」

どうやら自分では何も気付いていなかったらしい。

むしろ、明らかに最初はパワー負けしていたというのに、瑞奈の護衛のときだけは一方的に攻め込んでいたことにすら気付いていないみたいだ。

「そんなことはともかく、瑞奈は何で攻撃が当たってるのに詠唱止めたりしないんだよ。普通は避けることに専念するだろうが・・・」

「それはもちろん海斗さんを信頼してたんでしょ?そうでないとあんなに詠唱の長い術は普通使わないわよ」

レイラが淡々と説明を入れるが、海斗はそれを聞くと「はぁ・・・」とため息をついた。

「あのなぁ・・・信頼する方はいいだろうけど、信頼された方は責任重大なんだぞ?そんなこと勝手に信頼されてもこっちが困るぜ」

相変わらずいつも通り「面倒くさい発言」のようなものが海斗の口からどんどん出てくる。

最も、今回の件は「面倒くさい」とは少し違うような気もするが。

「海斗さんはヴェイグを「勝てない敵」と見込んで、あえて全ての攻撃を止めずに決定的なダメージだけを削ったんですよね?もしあそこで欲張って全部止めてたら、今頃瑞奈は死んでましたよ」

「やっぱり瑞奈が見込んだだけのことはあるわね♪」

リリスの突っ込みに対して「何でお前はそんな細かい部分まで見てるんだ」と突っ込み返し、レイラの突っ込みに対しては「俺は別に見込まれてない」と返した。

「・・・ところでよ、瑞奈はいつになったら起きるんだ?全く起きる気配がねぇぞ?」

「それもそうですよね。ちょっと見せてもらえますか?」

莉翠が前に出て、瑞奈の様子を看始める。

体温を調べたり、外傷がないかどうかなど、いろいろと確認してみた。

「・・・やっぱり精神的なダメージが大きいですね。そういうダメージは回復術でも直せませんから、自然に起きるのを待つしかないですね」

「起きるって・・・どのくらい掛かったりするの?」

莉翠の診断結果が気になり、縣は聞いてみた。

莉翠は再び様態を調べ、やがて口ごもりながらも結果を言い出した。

「ん~・・・短くても半日はこの状態のままかも・・・長い場合、明日の朝まで延びたりもするわよ?」

縣はそれを聞いて、精神がかなりやられているということを改めて理解した。

その一方で海斗は、瑞奈の体を起こして背負っているところだった。

「全く、世話の焼けるやつだな・・・しょうがない、こいつは俺が家まで送っていくとするか」

「あれ?保健室に連れて行ったりはしないんですか?」

「はっきり言って倒れた理由とか聞かれると結構厄介だし、全身血だらけなことを考えると余計に問い詰められそうだしな。ここは何もなかったかのように家に連れて帰った方がいい」

こんなときでも状況を冷静に判断して、海斗は早々に帰宅するという提案を出した。

瑞奈のこともそうだが、いつまた敵に襲われるか分からない今、十分に休息をとっておいた方が良いということも考えるとすぐに帰宅した方が得策かと思われた。

当然、縣も莉翠も反対する理由はなかった。

今すぐ帰宅することに賛成したのだが、その前に調理準備室の修復を行わなければならなかった。

瑞奈が倒れている以上、この場で回復術を使えるのは莉翠しかいなかったので彼女が進んで申し出たのだが、今度は瑞奈に続いて莉翠も倒れてしまうのではないかと縣は心配していた。

そのこともあって縣はあまりいい表情を出さなかったが、莉翠に任せる以外に選択肢はなかったので何も言わずに事の成り行きだけを見守っていた。

割れた食器、切り刻まれた床、崩壊した壁、不自然なまでに溶けた窓ガラス、その全てが莉翠の出した魔方陣に包まれて以前の状態へと戻った。

「ふぅ・・・これで全部ですよね?」

音楽室での修復作業と違い、今度は倒れることはなかった。

おそらく精神のコントロールに慣れて、安定して放てるようになったからだろう。

「ん、そうだな。ご苦労さん。そういえばお前、確か莉翠って言ったっけか?」

「そうですよ、海斗先輩。これからよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく。んじゃ、さっさと帰るとす・・・いや、ちょっと待て」

帰りかけた海斗はいったん瑞奈を降ろすと、傍の棚からサランラップを取り出して調理室へと向かった。

何事かと思い、縣と莉翠はドアから調理室を覗いてみた。

「先輩、どうしたんですか?」

「あぁ、瑞奈のやつがポテトサラダ作ったままここに放置しっぱなしだったからな。ちょうど腹も減ったし、持ち帰って食べようと思ってな」

「そんなこと言って、ホントは「せっかく瑞奈が作ってくれたのに処分するのはもったいない」とか思ってて代わりに食べようとしてるんでしょ?」

ハヤテがニヤニヤ笑い出したが、海斗は何でハヤテが笑い出したのかよく分かっていなかった。

「そっかぁ。海斗さんっていつも瑞奈のこと考えてくれてたんだ~♪」

なぜかレイラが納得し始め、ハヤテと共に笑い始める。

唯一リリスが「そのへんにしておきなさい」とレイラに言っていたが、当の本人はそのまま微笑を続けていた。

そもそもこの二匹は双子ということになってはいるが、生まれたのはわずかにリリスの方が早い。

よってリリスが姉で、レイラは妹ということになる。

リリスは「姉」を名乗っているだけあって、精神的にも大人に近い。

その一方でレイラはまだ幼い部分も残っており、姉のリリスとは違って子供特有の面影が見えるときもある。

「お~い、いつまでそんなところで遊んでるんだ?早く行くぞ~」

海斗はポテトサラダをさっさとラップに包んでバッグの中にしまうと、瑞奈を再度背負いつつハヤテを呼んで部屋を出ていった。

「待ってよ、海斗!俺を無視するなんてひどいぞ~!」

ハヤテは二匹の中間ぐらいの精神を持ち合わせてはいるが、言動の波長はどちらかというとレイラのものに近い。

つまり「大人」か「子供」のどちらに近いかと言われると、おそらく「子供」に分類されるだろう。

「縣も莉翠も早く来いよ。あ、なるべく人前は避けたいから今日は芸術棟の非常階段から降りるぞ~」

海斗はドアから顔だけを覗かせてそう言うと、手招きをして縣達を呼んだ。

ちなみに芸術棟の非常階段はいつも空いている割には、使用するどころか近くを通る生徒すら滅多にいないので、身を潜めて学校を出るにはうってつけのルートだった。

「相変わらず先輩はマイペースだなぁ・・・莉翠ちゃん、僕達も行くよ~」

「・・・・・」

「莉翠ちゃん?」

「え?あ、そうね。早く行きましょ」

何やらボーっとしていた莉翠は意識を現実に戻すと、さっさと教室を出て行ってしまった。

縣は少し気になったが、長居は無用だと判断すると同じように教室を出て行った。

調理室は何事もなかったかのように静まり返って人の気配がなくなったかと思いきや、また別の気配が感じられた。

「・・・・・あれが例のアメジスト・・・それにセレーネ・・・」

縣達がいなくなった後に一人の少女が宙から現れ、調理台の上で微笑みを浮かべた。

「ふふふ・・・面白いことになってきたわね。ここはグレイにでも手伝ってもらおうかしら」

やがて微笑みが不敵なものへと変わると、少女の表情も大きく変化した。

どうやら少女はただ単に見物に来ただけだったらしく、すぐにその場から姿を消した。








「ふぅ・・・今日もいろいろあって疲れたぜ~」

裏門では海斗がいつも通り「面倒くさかった発言」を吐いて、空気を微妙に濁していた。

「それじゃ先輩、僕達はこのへんで」

「海斗先輩、それに瑞奈先輩もさようなら~」

莉翠は悶絶状態の瑞奈にまでご丁寧に挨拶を交わすと、ペコリとお辞儀をした。

「あぁ、そんじゃ二人とも、また明日な~」

海斗は瑞奈を背負ってて手を振ることができないので、代わりに表情で微笑みを浮かべた。

縣と莉翠はそれぞれ自らのパートナーを一匹ずつ連れて、紅に染まる夕日の輝きに見守られながら学校を去っていった。

「・・・全く、縣も面倒なことするもんだな・・・」

「ん?どういうこと?」

海斗が意味有り気な発言をしたので、頭の上に乗っていたハヤテが首を傾げた。

「あいつの帰路は俺と同じ方向だ。なのにわざわざ逆方向の莉翠についていったんだぜ?」

「あぁ、そういうことか。でも縣は特に何を思ってるわけでもなく、ただ「一人で帰らせると危ないから心配でついていった」とか、そんな理由だろうね」

「何それ~。色気がないわね~」

海斗の左肩に乗っていたレイラが、つまらなそうにして全身の力を抜いた。

「縣は他人の心配ばっかりするやつだからな。むしろあいつを見てると「もう少し自分自身のことを考えてもいいんじゃないか」って思うときもあるぐらいだ」

「でも心配性ってわけでもないんだよね。縣のは特別だし。「縣病」とでも仮定しておこっか?」

「非常にどうでもよくて眠くなる話だな・・・。というかお前ら三匹同時に俺に乗るな」

先ほども言ったようにハヤテは頭に、レイラは左肩に自分の位置を確保している。

そしてリリスもまた、海斗の右肩を自分の居場所だと勝手に思い込んでいる。

「いつものポジションである両肩を占領されたら頭に乗るしかないけど?」

「昏倒状態の瑞奈に乗るわけにはいかないし、今この場では海斗さんが適正な人材だと思うけど?」

「私は・・・レイラと左右対称の関係でいないといけないし・・・」

しかもそれぞれ理由を付けて屁理屈を捏ねた。

よく分からない理由も多数あるのだが突っ込むべきところではないと思ったので、海斗は諦めて、重い足取りで瑞奈の家を目指した。

「全く・・・なんで俺がこんな目に・・・」

まず瑞奈を背負ってる時点で約五十㎏の負担がかかっていると考えてよい。

さらに猫が三匹乗っているのだから海斗には凄い負担がかかっている。

猫の平均体重は大体三㎏~五㎏というデータも何かの本で読んだことがある。

そんなわけで適当に見積もって十㎏前後が妥当な数値だろう。

つまり今の海斗は、約六十㎏のダンベルを全身で受け止めているのとほとんど変わらない状態である。

「あれ?海斗じゃねぇか」

汗がダラダラ垂れる中、前方から話しかけてきたのは制服姿の少年だった。

「・・・なんだ、真か。何か用か?」

その少年は海斗の同級生の白菊真だった。

容姿端麗な見た目からは整然さが窺え、何をしても優秀そうな顔つきをしていた。

ファントムグレーに染まった頭髪が目立ち、同じような色をした瞳が探りを入れるようにこちらを見ている。

彼は七夜高校の生徒会長を務めていて、そのこともあってか校内で知らない者はおそらくいない。

「いや、別にたまたま見かけただけだが・・・お前こそ、凄い持ち物背負ってるな・・・」

「あぁ・・・これはちょっと分け在りでな。もはやそれしか言えん」

背中に人間一人と、頭や肩に猫が三匹。

明らかに変な構図だが、だからといって真相を教えるわけにもいかなかった。

「・・・何だか凄く気になるけど、あえて深追いするのはやめておくことにする。聞くのが微妙に怖くなってきた・・・」

「こっちもあんまり聞いてほしくなかったから、ちょうどいいくらいだよ」

海斗はとりあえず、真に詮索されなくてホッとした。

最も相手が真だったこともあって、そんなに心配していたわけでもなかったが。

さすがは海斗の親友と言ったところか。

そもそも海斗はあまり他人を信頼することがない。

逆に言うと海斗が信頼している人間なんて数えるほどしかいない。

だが今ちょうど目の前にいる真は、普段からおどけてはいるが信頼性はある。

あの海斗がそれを認めたくらいなのだから、真はある意味で希少人物といえる。

「というか、今からどこ行こうとしてたんだ?」

「あぁ、あいつに呼ばれたから学校行くことになっちまったんだよ」

海斗は一瞬で「なるほど」と理解して、首を斜め上に向けた。

ちなみに「あいつ」というのは七鞘梢という副生徒会長のことであり、言い換えてみれば真と肩を並べられる人物でもある。

「梢のやつに呼ばれたら逆らうわけにもいかないしな・・・面倒だが行くしかないってことだ」

梢は情報部に所属していて、七夜市内に足を踏み入れた人物は彼女に情報を把握されたと思ってもいい。

おそらく真は七夜高校の生徒である時点で、梢からほぼ全てを知られているに違いない。

そもそも先生の弱みすら握っている梢が、普段から生徒会室で会っている真の情報を知らないわけがない。

なので梢に逆らうことは七夜高校内でタブーになっている。

「・・・どっちが生徒会長なのか分からないな」

「ん?何か言ったか、海斗?」

「いや、とにかくプライベートなことを暴露される前に早く行った方がいいんじゃないか?」

「う・・・それもそうだな・・・そんじゃ海斗、また明日な」

真は冷や汗を掻きながら、そそくさと学校に向かった。

「・・・さて、俺もさっさと向かうか・・・」

海斗はさっさと瑞奈を送り出して家に帰ろうと思い、普段歩き慣れている道を早足で進んだ。








「ねぇ、縣君」

違う方向に帰っていた莉翠は、一緒にいた縣を呼んだ。

「ん、どうしたの?」

「何だかいろいろあって聞きそびれたんだけど、私まだ今の状況が把握できてないの。もう少し詳しく聞かせてくれない?」

「ん~、それもそうだね。じゃあ簡単に説明しておこうか」

クードのこと、宝石のこと、アスカのこと、縣は自分が今の時点で分かっていることを全て莉翠に話した。

「・・・僕が分かってるのはこのくらいだよ。正直言うと、僕も詳しい状況はよく分かってないんだ」

「そう・・・そんなことが・・・。でも今の話を聞く限りだと、何でアスカが狙われてるのか、その目的はまだ分かってないみたいね」

やはり状況を説明するのには材料が不足している。

とにかく今は少しでも別の情報が欲しいぐらいだった。

屋上での出来事と今日の出来事のことで結びつく何かが存在しないか、縣は考えてみた。

「・・・そういえばアスカが追われてたってことは、ツバキもそのクードっていう人に追われてたのかしら?」

「う~ん・・・どうなのかしら・・・?確かに追われていたのは事実だけど、私を追っていた男は顔を隠していたし、それがクードっていう人だったかはちょっと分からないわね・・・。それに・・・」

「それに・・・?」

ツバキは何か引っ掛かっている部分があるらしい。

「・・・私を追いかけてたのは二人だったのよ」

「二人・・・?」

「一人は、今日音楽室で戦ったレオンっていう人で間違いないわ。でも、だとしたらもう一人の男は、一体私を追いかけてる最中にどこへ消えたのかしら・・・?」

「う~ん・・・もしかして、先輩達が戦ってたヴェイグってやつがそうだったんじゃないの?」

可能性の一つを、縣は提示してみた。

だがツバキは首を横に振って、それが違うということを表した。

「気配が全く違ったもの。あのヴェイグっていう人は違うと言い切れるわ。ただ、もう一つ不思議なことがあるのよ」

「不思議なこと・・・?」

「そう、確かにヴェイグは私を追いかけてた男ではなかった。でも私を追いかけてたその男は、校内のどこかに存在していた。どこかから気配を感じたもの」

思わぬところから新しい情報が浮かび上がってきた。

ツバキを標的としていた人物は、校内のどこかにいた。

だが、そうなると新たな疑問が浮かぶ。

なぜその男はツバキという標的の近くにいたのにもかかわらず、まっすぐ襲いに来なかったのだろうか。

もとからツバキを追いかけていた以上、この行動は明らかにおかしい。

それとも、他に優先しないといけないことでもあったのだろうか。

「う~ん・・・少しでも情報が欲しかったのは事実なのに、手に入れた情報からはまた違う疑問が浮かび上がってくる・・・。これじゃあ、結局何も知らないまま敵だけが増えていっちゃうよ」

「全てが関係していることを前提に考えて、無理にでも組み立てていくしかないのかしら・・・」

「でも、それすらできないぐらい行き詰ってるのも事実だよね・・・」

完全に手詰まりで考え込みながら歩いていると、ちょうど角から小走りで人が現れた。

分からないことをいろいろと考えていたこともあってか、二人はぶつかりそうになっってしまった。

「あら、ごめんなさいね。・・・って、縣君に莉翠ちゃんじゃない?」

「あ、梢先輩」

その人物は、七夜高校の生徒会副会長を務めている七鞘梢だった。

ミントブルーの長髪からは爽やかなイメージが窺え、一見してすると人の良さを感じられる。

彼女は制服姿だったがバッグも持たずにこんなところにいるということから、既に帰宅済みだということが想像できた。

「あらあら、二人してこんなところでデート?青春してるわねぇ」

「ち!違いますよ!何で一緒に下校してるだけでそうなるんですか!」

「梢先輩、デートって何ですか?」

莉翠が慌てて否定しているのに対して、縣は明らかに場違いな発言を吐いたので、そのせいであたりが凍りついた。

誰が見ても、本当に知らないという表情をしていた。

「・・・いまどきデートも知らない高校生がいるなんてねぇ・・・これは盲点だったわ・・・」

そう言うと梢はメモ帳を取り出して、長年使ってきたと言われているピンク色のシャープペンシルで何かを書き留めた。

だが梢の表情は微妙に沈んでいるように見えた。

「最強の情報部」改め「最凶の情報部」と言われている梢は何でも知っている。

ここ最近は負け知らずだったというのに、縣のことに関して未知のものがあったことが今判明した。

つまり梢が沈んでいる最大の理由は、縣の存在自体ということになる。

そんな梢が淡々と「紫雲縣はデートという単語を知らない」という情報を書いている。

最も、こんなものが「情報」といえる代物なのかは怪しいところだが。

「あ、そういえば梢先輩こそ何でこんなところにいるんですか?」

「あぁ、私はちょっと真を呼んで怪奇現象の解明をしようと学校に向かっているのよ♪」

「か・・・怪奇現象・・・?」

「例えば、最近では屋上で騒ぎがあったみたいじゃない?私は情報部の権限で状態を見せてもらったんだけどね、あれはいくらなんでもおかしいわよ。たぶん縣君も莉翠ちゃんも見れば納得すると思うけど、あれは絶対に人がやったものじゃないわ」

さりげなく勘が鋭くて、縣達にしてみれば逆に困る。

いや、それよりも「情報部の権限」とやらはそんなに効力が強いのか、という突っ込みも梢の前ではありな気もする。

ある意味で宝石のことよりも奥が深いような気がしなくもない。

さすがは「最凶の情報部」と言うべきところなのだろうか。

結論から言ってしまうと、校長の弱みすら握っている梢にしてみれば教員はゴミで、生徒に至っては塵も同然らしい。

「ま、とにかく私はそろそろ失礼させてもらうわ」

それが天使の微笑みなのか悪魔の微笑みなのか、それすら判断しにくいものを顔に浮かべながら、梢は学校へ向かっていった。

真が梢のような扱いにくい人物と毎日のように対面しているあたり、少し考え難いところもある。

梢が見えなくなると二人は再び歩き出したのだが、ふと莉翠が話を振りかけてきた。

「あ、そういえば縣君、今日はありがとね」

「ん、急にどうしたの?」

一体何に関しての礼を言われているのか、縣はよく分からなかった。

「何言ってるのよ。音楽室で私のこと助けてくれたでしょ?」

「え、でも結局最後は莉翠ちゃんの援護で何とかなったようなものだし・・・僕の方こそ、逆に助けられっぱなしで迷惑かけたかなって・・・」

「最初に助けてくれたのは縣君の方だったでしょ?もし縣君が来てくれなかったら、今頃この世じゃないところに行っちゃうところだったのに、何で私が縣君を助けたってことになっちゃうのよ・・・」

縣は礼を言われるようなことはしていないと言い張るつもりだが、散々助けられた莉翠は納得がいかない様子だった。

「大体、私が援護できたのは縣君が守ってくれてたからでしょ?私が力不足なせいで、縣君怪我しちゃったし・・・」

「でも怪我はちゃんと莉翠ちゃんが直してくれたし、大分安定してきたよ?僕の方こそ、礼を言わないと・・・」

「だから礼を言うのは私の方なのよ!」

どういうわけか、二人ともお互いに一歩も譲れないという感じで口論が続く。

最も、これは口論とは少し違うような気もするが。

「・・・莉翠、家に着いたわよ?」

口論が終わる気配は全くなく、放っておくと永遠に続くような感じだったが、ツバキの一言によりそれは一時中断された。

「あ、莉翠ちゃんの家ってここにあったんだ」

「話を変えないで。まだ私の説教は終わってないのよ?」

縣は笑って誤魔化そうとしたが莉翠が怖い形相でこちらを見てくるので、「勘弁してよ・・・」というような感じで、思わず後ろに数歩下がった。

チラッとアスカの方を見て「助けて~」と視線で伝えたが、莉翠に逆らうと後が怖いと悟ったのか、あえて気付かないフリをして視線を逸らした。

「全く・・・二人とも似たもの同士なのね・・・」

「ここはお互いに助け合ったってことでいいんじゃないの?」

ツバキは仕方がないので縣に助け舟を出した。

それに繋げるようにして、アスカもとりあえず一言加えた。

「・・・はぁ・・・もういいわよ。縣君なんか知~らない!」

頬を膨らませてプンプンしている莉翠は、さっさと家の中へ入っていった。

ツバキはドアから入る普通のルートではつまらなかったのか、庭の窓から入って莉翠を追いかけたようだ。

縣は「参ったなぁ・・・」と言ったような顔をして、首の後ろに手をやった。

「縣・・・礼はありがたく受け取っておくべきだよ?」

「だって別に僕は何もしてないし・・・それよりも莉翠ちゃん怒らせちゃったよ・・・」

縣は顎に手をあてて、莉翠のことをどうしようか考えているようだった。

微妙に鈍感な縣のことだ。

実は「なぜ莉翠が怒っているのか」すら気付いていないのではないだろうか。

「縣、もう莉翠のことは明日まで置いておくとして、僕たちも帰宅して体を休めとこうよ」

「あ・・・うん・・・」

確かに今後のことを考えれば、休息することは非常に大事なことだ。

いつまた敵が襲ってくるか分からない。

そのときに万全の状態でなければ、莉翠を守りきれないかもしれない。

怒っている莉翠を放っておくのは気が重くなるが、先のことまで視野を広げてみると、今日のところは諦めて帰った方が得策のようだ。

縣は一度振り返ってから、帰り道に向き合わせて一歩踏み出した。

「縣く~ん!」

すると、莉翠の声が後ろから聞こえてきた。

もう一度振り返って見てみると、家の二階から声を張り上げているようだった。

「また明日ね~」

さっきまでの怒りはどこかに消え失せていて、手を振りながら笑みを浮かべていた。

夕日に反射して、白銀の髪がいつもよりも輝いて見えた。

「またね~」

縣は一安心して、同じように手を振って笑みを浮かべた。

そして背を向けるとバッグを持ち直して、今度こそ帰路に立った。

「・・・やっぱり似たもの同士・・・ね」

窓際に寝転がっていたツバキは、先ほど発したばかりの言葉をもう一度口に出した。

その言葉に反応して、莉翠は微笑みながら机の前の椅子に腰掛けた。


スポンサーサイト
猫とアメジスト | 20:21:54 | Trackback(0) | Comments(0)
~第二話・白き光華と赤き結晶(中編{下})~
「お~い瑞奈、ちょっとワケありで来てやったぜ~。いるか~?」

調理室に辿り着いた海斗は、ドアを開けるなりドカドカと中に入っていった。

その瞬間、目の前から凄い速度でナイフが飛んできた。

海斗は首を微妙に傾けて逸らせると、またか、と小さな声で呟いた。

そのナイフは海斗の真横を通り過ぎて、壁に突き刺さった。

「わ、わ!海斗!ご、ごめんね!」

どうやらナイフを飛ばしてきたのは、窓際の調理台で料理中の瑞奈だったようだ。

エプロン姿の瑞奈が、慌てて海斗のところに駆けつける。

後ろで一つに纏めている金髪の髪の毛が、走った拍子に浮き始めた。

海斗は壁に刺さったまま静止しているナイフを抜き取ると、呆れたようにため息をついた。

「全く・・・いつ来てもナイフが飛んでくるな・・・」

「ほ、ホントにごめんね!大丈夫だった?」

「俺はもうとっくの昔に慣れてるから平気だ。でも最近軌道がかなり正確になってきたな・・・俺以外のやつが入ってきたときに間違えて当てたりするんじゃねぇぞ?」

「な、なんかつい癖で・・・ドアが開いたら投げたくなっちゃうの」

「癖で殺されてたまるか!」

海斗は適切な突っ込みを入れた後、ここに来た当初の目的を思い出すと、ナイフを見て言った。

「そうそう、このナイフ借りてくけど別にいいよな?」

「私は構わないけど・・・いつものナイフはどうしたの?」

「瑞奈ぁ!海斗が酷いんだぞ!リンゴ剥き専用のあのナイフ、家に忘れてきちゃったんだぞ!」

海斗が答えようとしたところにハヤテが乱入してきた。

どうやら、まだナイフを忘れたことを根に持っているらしい。

「へぇ~、必需品当然のように持っていたあのナイフを・・・海斗でもそういうことあるんだ」

「俺だってたまには忘れることもあるっての・・・」

海斗は微妙に不機嫌な表情を作り、ナイフを逆手に持った。

「あれ、海斗どうしたの?そんな持ち方しちゃって・・・」

自分でも知らないうちに逆手になっていることに気付き、慌てていつもの持ち方に戻した。

海斗はどうにも言い訳が浮かばないので「ははは・・・」と笑って適当に誤魔化した。

瑞奈は不思議に思ったが少し聞いてみただけだったので、特に深く探るつもりはなかった。

「あ、そういえば海斗。ちょうどポテトサラダ作り終わったところなの。よかったら食べていかない?」

そう言って差し出したのは、いかにも出来立てだ、とでも言うようにホカホカに湯気だったポテトサラダだった。

だが海斗は胃袋も小さめで小食派の人間だった。

二時間前に食べた昼食も、海斗に言わせてみれば五分前に食べたのも同然だった。

「あ~?なんで俺が・・・というかポテトサラダは縣の好物だろうが」

「ふふ、縣君にとっては昔からの好物だったわね。たしか・・・あれは私が小学三年生のころで縣君は二年生だったかしら?そのころに私が作ったポテトサラダをつまみ食いして、それが気に入っちゃったのよね」

瑞奈はさっきまで使っていたお玉を洗いながら、嬉しそうに昔を語っていた。

「・・・あいつ、つまみ食いなんかやってたか?」

だが海斗の方はそんなことはとっくに忘れていた。

「子供のころの話なんだから、不自然ではないでしょ?小さい子は好奇心旺盛だからすぐに手を出したがるじゃない」

「あいつの場合、今でもそうだから俺が困ってるんだよ・・・」

「いつも厄介事に巻き込まれてるもんね、海斗は」

瑞奈は他人事のように平然と笑い始めた。

海斗は「人の苦労も知らないで・・・」というような表情を浮かべてため息をつくと、適当に椅子に座るなり制服のポケットからリンゴを出してナイフで剥き始めた。

するとそのリンゴの匂いで反応したのか、ハヤテが制服の別のポケットから顔を出してニヤリとした。

「なぁなぁ瑞奈、そのポテトサラダ俺が食べてもいいのか~?」

「海斗は食べてくれないみたいだし、別に構わないわよ」

「わ~い♪」

ハヤテはポテトサラダに寄ると、器用なことにも尻尾でスプーンを使って食べ始めた。

「ん~♪美味しいな~♪・・・あれ?瑞奈、どうかしたのか?」

ハヤテは瑞奈の表情が悲しげになっていることに気付いた。

「え、な、何?別にどうもしないけど?」

そうは言っているが、その後再び暗い表情へと逆戻りした。

(あ、そっか。瑞奈は海斗に食べてもらいたかったのか)

ハヤテはいったん食べることをやめると、椅子に座ってリンゴの皮を剥いている海斗に視線を向けた。

海斗は瑞奈の気持ちには気付いていないのだろう。

おそらく、幼馴染の女の子程度の感覚でしか見てはいない。

(つくづく鈍感な主人を持ったものだな・・・)

昔からずっと一緒にいたのに全く気付かないとは、いや、昔からいたからこそ既に瑞奈の全てを知っていると思い込んで、結局気付かないのだろう。

「ほれ、ハヤテ。リンゴ剥けたぞ。お、そうだ瑞奈。このリンゴ適当にすり潰してくれ。たまには調理して食わせてやれねぇと」

「すり潰すのは調理っていうのかなぁ・・・まぁいいわ。ちょっと準備室に道具取りに行ってくるから待ってて」

そう言って隣の調理準備室に駆け出した。

(あ、このパターンは・・・)

海斗は何かを思い出すと即座に立ち上がって、調理準備室に向かう瑞奈のところへ走っていった。

「きゃっ!」

その瞬間、瑞奈が足を滑らせて前のめりに倒れかけた。

だが倒れる前に海斗が寸前で抱きとめた。

瑞奈は調理室内では少しでも駆け出すとこけることがある。

海斗はそれを知っていたので、即座に対応できた。

「瑞奈、大丈夫か?」

「ごごご、ごめんね!だだだ、大丈夫だから!」

瑞奈は自分が海斗の胸の中に納まっていることに気付くと、さっと突き放した。

「どうしたんだ?顔赤いぞ?もしかして熱でもあるんじゃないか?」

海斗は自分の手を瑞奈のおでこにくっつけて、体温のチェックをした。

瑞奈はその瞬間、全身の熱が顔に集まって、その熱がボッと吹き出た。

「べべ!別に熱なんてないから!そ!それより調理器具取りに行かなくちゃ!」

「瑞奈・・・なんか変だぞ?まぁいいや。器具は俺が取りに行くからお前はそこで休んどけよ」

海斗はそそくさと準備室に入っていった。

後ろで瑞奈が「私が行くから別にいいって!」と言っていたような気がしたが、適当に無視した。

(なんであんなに動揺してるのに気付かないんだろう・・・)

ハヤテは海斗が相当の鈍感者だということを感じつつ、海斗と一緒に準備室に入っていった。

「海斗~、待ってよ~」

後から追ってきたハヤテを横目で見つつ、海斗は必要な器具を手に取った。

「全く、あいつがこけたのは今日で何回目だ?瑞奈の天然はいつになっても直んねぇな・・・」

「海斗も十分天然だって・・・」

「ん?なんか言ったか?」

ハヤテは海斗に聞こえないように小さな声で呟くと「なんでもない」と言って、近くに置いてあったボウルで遊び始めた。

「・・・あれ?」

棚に伸ばしていた海斗の手が、急に止まった。

(そういえば・・・さっき瑞奈とハヤテが普通に会話してたよなぁ・・・しかもあいつ何も不思議に思ってなかったし・・・)

一瞬これはまずいと思ったが、今更そんなことを思ってもしょうがないということが分かると、そんな考えはさっさと頭の中から消し飛ばしてしまった。

(ま、瑞奈の天然は限界を知らないからな。どうせ何日経っても猫が喋るなんて当然のように接するだろうな)

海斗は珍しくクスクスと笑いながら、棚から必要な器具を取った。

「どうしたの、海斗?」

「いや、なんでもない。瑞奈はいつまで経っても天然だな、と思ってな」

「それはさっき言ってたよ・・・」

とうとう海斗の頭も寿命か、と呆れながら、ハヤテはさっきまでいじっていたボウルを元の位置に戻した。

海斗は器具を全て取ると、ハヤテを肩に乗せて瑞奈の待つ調理室へと戻ろうとした。








「はぁ・・・海斗の鈍感王・・・乙女心知らず・・・無知男・・・」

調理室に一人取り残された瑞奈は、海斗への愚痴と不満をボソリと吐き出しながらため息をついていた。

「にゃ~」

「あ、リリスにレイラ・・・」

瑞奈のバッグから出てきて近くまで寄ってきたのは、白猫のリリスとレイラだった。

二匹は双子の姉妹で、海斗と共に下校していた小学校三年生のある日、道端のダンボールに捨てられていたところを偶然見つけ、可哀想だと思った瑞奈が強引に持ち帰り、それ以来大切に飼っている猫たちだった。

最初は瑞奈の両親が飼うことを禁止したのだが、瑞奈がどうしても引き下がらず、結局飼うことを許可されたのだった。

二匹を見てそんなことを思い出していると、気分が楽になった。

(確かあのときの海斗は「瑞奈のためなら、俺も一緒に説得してやる!」とか自分から言ってくれて、私のわがままに付き合ってくれたのよね)

瑞奈は準備室の方に目をやって、中にいるであろう海斗の顔を思い浮かべた。

(あのときの優しさが表に直接出てこなくなったのは、いつごろからだったかしら・・・)

いつだって自分を真っ直ぐに、優しく見守ってくれて見ていた海斗が、今では冷たい表情ばかり見せるようになってしまった。

それがいつからだったのかは、今となっては全く思い出すことができない。

(でも・・・それはただ単に自分で気持ちを押し留めているだけのことよ。表から見たら冷たくても、心の奥底からは優しさを感じられるもの・・・さっきだって、私のことを抱きとめて助けてくれたんだから)

どんなに外見上の表情が以前より硬く険しくなっていても、内面的な優しさはまだ残っている。

(海斗・・・私はあのときの海斗をもう一度見てみたいよ・・・)

瑞奈は後ろで一つに結んでいる自分の髪の毛を掴んで目の前に持ってくると、ジッと見つめた。

「ねぇリリス、レイラ、覚えてる?海斗は昔、私の髪をこういう状態に結んで・・・」

言いかけた言葉を飲み込んで、心の中でのみ呟いた。

(お前はこっちの方が断然似合ってるぞ、って・・・言ってくれたのにな・・・)

頭に浮かんできたのは、やはりかつての海斗の方だった。

(今の私がここにいるのは、誰のおかげだと思ってるのよ・・・)

実は瑞奈には、一時期孤独で自暴自棄なときがあった。

頼れるものは誰もいなく、何もかも信じられなくなり現実逃避しかけたこともあった。

そんな不安定な状態の瑞奈に声を掛けてきたのが、あの海斗だった。

まだ普通のロングヘアーだった瑞奈の髪を器用にゴムで結ぶと、海斗は確かにその時「似合ってるぞ」と言ったのだった。

それからも海斗はちょくちょく瑞奈に接し始め、瑞奈もまた海斗と接していくうちに自我を取り戻していった。

瑞奈が再び現実に引き戻されたのは、海斗の存在に支えられていたからと言っても過言ではない。

おそらく海斗に惹かれているのも、そんな経緯があったからであろう。

少なくとも、瑞奈自身はそれを自覚はしている。

どうしても昔の印象を忘れることができず、未だに海斗と関わりあってしまう。

自分を見てくれていた、唯一の人物だったのだから無理もないだろう。

だからこそ、瑞奈は海斗に強く執着しているのだ。

「・・・海斗は私のことどう思ってるんだろうね」

瑞奈はリリスとレイラに聞いてはみたが、答えが返ってくるはずもなかった。

「はぁ・・・」

瑞奈は懲りずに再びため息をついた。

その時―――

ドォォォォォン!!!

突然、爆発音のようなものが聞こえてきた。

それはすぐ近くから―――隣の調理準備室から聞こえてきた。

重なっていたボウルを倒してしまった、というのは考えにくいし別の調理器具を割ってしまった、というのも考えにくい。

瑞奈は心配になって準備室の方におそるおそる足を伸ばした。

「海斗?何か音がしたけど、どうかし・・・」

顔を覗かせた瞬間、風の刃が目の前を通り過ぎた。

その刃は瑞奈の前髪を僅かにかすり、開いていた窓の外に出ると姿を消した。

「瑞奈!下がってろ!」

海斗の荒れた声と、微かな息遣いが聞こえてきた。

海斗は腕から少量の血を流していて、その手には鋭いハンディナイフが握られていた。

そして海斗の向かい側には、見知らぬ男が同じようにナイフを持って立っていた。

傍らには黒猫を一匹引き連れている。

「ヴェイグ・・・むやみに人を傷つけるのは止めようよ・・・」

「うるせぇ!テメェは黙って俺の命令に従いやがれ!」

「い、痛い痛い!やめてよ!ヴェイグ!」

ヴェイグと呼ばれた男は、足元で喋りだした黒猫の尻尾を掴んで床に叩きつけると、思いっきり足で踏み潰した。

その様子を見てみると、仲が良くて喧嘩しているのではないことがよく分かった。

「いいか!俺はわざわざテメェみたいな屑の世話をしてやってるんだ!次喋ったらどっかに捨ててやるからな!」

「は・・・はい・・・」

男の言動を聞く限りでは、一緒にいる黒猫はヴェイグによっていろいろと規制をかけられているらしい。

「お・・・お前は何者だ・・・」

海斗は腕を押さえながら、男に尋ねた。

「おっと、まだ名乗ってなかったな。今、屑のこいつが先に言っちまったんだが、まぁ改めて名乗っておくか。俺はヴェイグってんだ。ヴェイグ・C・トリック。よろしくな、屑のインディゴ所持者♪」

「あ、僕はスバルね。ヴェイグのパートナーだよ。よろしくね♪」

スバルは挨拶代わりに首を軽く傾けたが、ヴェイグはそれを見るなり、怒りの表情を浮かべた。

「テメェには誰も聞いてねぇよ、屑!つ~か、テメェは別にパートナーなんかじゃねぇ!俺の道具だ!何度も言わせるんじゃねぇ!」

「ぐ・・・ぐるじい・・・」

ヴェイグはスバルの首元を凄い力で締め付けると、再び床に叩きつけた。

「お前・・・俺のことを知っているらしいな。さてはクードの仲間か?」

「クード?・・・ほぅ、そういうことか。あいつもアメジストを狙ってるってわけか」

スバルを潰しながら、ヴェイグは考え事をしながら答えた。

海斗としては妙に引っ掛かる言い方をされて、結局ヴェイグとクードの間に何があるのかはよく分からなかった。

「・・・お前はクードとは何も関わってないのか?」

「はん!俺を倒せたら教えてやらないこともないぜ?最も、貴様ごときじゃ俺を倒すなんてありえない話だがな」

「残念だけど、海斗はこんなところでくたばるようなやつじゃないよ」

肩に乗っていたハヤテがそう言うと、膝をついていた海斗はスッと立ち上がってナイフを握り直した。

「ま、俺がそういう人間かどうかは知らねぇけど、少なくとも命は惜しいんでな。悪あがきぐらいはさせてもらうぜ」

「どうやら、おとなしく死んではくれないみたいだな。最も、最初からそんなことには期待してないがな」

ヴェイグは皮肉めいた言い方をして笑い出すと、身に付けていたジャケットから一つの物体を取り出した。

「それは・・・まさかインディゴと同じ宝石か!」

その物体は蒼く発光し、海斗の持っているインディゴと色も形も全く同じものだった。

だがヴェイグは首を振って「同じ」という表現を否定した。

「確かにインディゴと言ってしまえばインディゴなんだが、これはお前のインディゴとは違うものだ。お前が持っているものは「七光宝石の一つ」である「インディゴ」だが、俺が持っているものは「四水晶の一つ」である「インディゴ」だ。そう、これは宝石じゃなくて水晶の一種ってわけだ。「蒼穹」とも呼ばれている代物だ」

「四水晶・・・?」

そもそもインディゴというものが複数存在しているなんてことは初耳だ。

いくら酷似しているだけと言われても、どう見ても同じものにしか見えない。

「こいつは七光宝石と比べて効力も弱いが、使い手によってはいくらでも能力を伸ばすことだって可能だぜ?お前は確かに七光宝石を持ってはいるが、結局本質というものが全く分かっていない。能力だって、まだ完全には引き出せていない。宝の持ち腐れってやつだな。やっぱり、お前が俺に勝つなんてことはないってわけだ」

どうやら、ヴェイグは相当の自信家らしい。

だが少なくとも宝石に関しての知識―――彼の場合は水晶に関してだが―――は自分よりも相当多いようだ、と海斗は思った。

(どうする・・・俺とあいつの実力差は一体どのくらいあるんだ・・・ここは逃げた方が得策か?いや、瑞奈もいるしな・・・第一、簡単には逃がしちゃくれないだろうし・・・)

結局は戦う以外に選択肢はないようだ。

海斗は先ほどヴェイグによってやられた血まみれの腕を見た。

ヴェイグ自身は傷一つついていない。

それに比べて海斗はついさっき風の刃で斬られて腕が思うように動かない。

(やるしかない・・・みたいだな)

それでも海斗は痛みを抑えて、ハンディナイフ―――クードに対しても使用したフラッシュオービット―――を持ち直した。

「本来、分が悪い勝負は受けないことにしてるんだが、ちょいと今は引き下がれない状況なんでな。行くぞ、ハヤテ!」

「俺はいつでも準備万端だよ!」

海斗は瞬間移動でもしたかのように一瞬で男との間合いを詰め、背後へと回った。

そして素早くナイフを横に凪いだ。

だがヴェイグはそれをことごとく持っているナイフで受け止めると、再び間合いを離した。

「全く、相変わらずその宝石は敏速が急激に高まりやがるな。だが・・・まだ速さが甘いぜ?お前の動きなんか、俺には止まって見えるんだからよ」

「くそっ!」

海斗はやむを得ず自分からさらに間合いを離し、ナイフを投げつけた。

ヴェイグはそれも軽々と避けた。

そのナイフにはワイヤーが付いていたので、ナイフ自体は再び海斗の手に戻ってきた。

「遠距離戦で行こうってか?だが・・・俺にはあらゆる飛び道具が効かねぇぜ?」

そんな言葉は無視して、海斗は再びナイフを投げつけた。

今度はさっきよりも近い位置で。

だが―――

「甘いって言ってるんだよ!」

「!」

ヴェイグは海斗が投げた凄い速度のナイフを、あろうことか素手で掴み取った。

「ふん、だから言っただろうが。俺に飛び道具は効かねぇって」

ヴェイグは自分が持っていたナイフでワイヤーを切り裂くと、海斗のナイフをゴミのように後ろへ投げ捨てた。

「特別に教えてやるよ。俺の眼は「紅眼」と言ってな。飛び道具の軌道が読める能力が付加されているんだ」

ヴェイグを見てみると、紅に染まっている瞳が確かにこちらを見ている。

それはまがまがしいほど濃い色をしていて、不気味にすら感じてしまう。

「テメェが遠距離戦を狙った時点で、俺を倒すことは不可能なんだよ!」

「へ!それならもう一度接近戦に変えるまでだ!」

海斗は床に転がっていた別のナイフをフラッシュオービットへと変化させると、再び接近戦を試みた。

「風の空裂!風月淵!」

海斗はヴェイグに無数の斬りを浴びせつつ、インディゴの力で足元から風を発生させた。

ヴェイグは後ろにステップしてそれを避けると、巻き上がってきた風を剣で押しのけて海斗に向かうように軌道を強引に変えた。

「―――真紅の猛威と豪炎の剣よ、その身に宿りて敵を討て!」

風を壁にしている隙にヴェイグは自らを赤色の魔方陣で包み、術の詠唱に入った。

海斗は詠唱の妨害をしようとしたが、自らが作った風を先ほどヴェイグが剣で一振りしたときに力を増幅させていたせいで、防いでいるのが精一杯だった。

「焼き尽くせ!エランズ・ヘルフレイム!」

すると海斗の両サイドから熱波が飛び出し、やがて四方八方を囲まれ逃げ場所を失った。

「―――悠久なる盛宴の風よ、後世に伝えられし万物の裂刃を此処に纏わん!」

熱波に襲われている海斗にさらに攻撃を加えようと、ヴェイグは別の術の詠唱に取り掛かった。

今度は緑色の魔方陣に包まれている。

海斗自身は熱波から抜け出すことができず、その中で必死にもがいていた。

「風にはこういう使い方もあるんだぜ?エアライド・セットミール!」

今度は熱波すら包み込むほどの広範囲を風が襲う。

その風は海斗自身を狙い、また周辺の熱波の勢いを強めた。

「ちっ!―――風の障壁よ!フリンジプロテクト!」

海斗は自らの身体を守るように風を纏い、何とかこの場を凌ごうとした。

だがヴェイグの生み出した風と熱波は障壁を突き抜け、熱波は海斗の全身を焦がし、風は肌を切り刻んだ。

海斗は力を失ったかのようにナイフをその場に落とした。

「海斗!しっかりして!」

「くそっ!とてもじゃないが手に負えねぇ・・・」

「これで分かったか?俺とお前の力の差ってやつを」

海斗は焦げた匂いを鼻で感じ取り、ボロボロな身体を押さえつけながら膝をついた。

「これで最後だ!龍炎衝!」

ヴェイグはナイフで円を描き、そこから爆炎を放った。

それは真っ直ぐに海斗を狙い、正確に標的を捉えていたかのように思えた。

「!」

海斗は思わず目を瞑った。

瞑る寸前に紅く輝く爆炎が、もう目の前まで近づいてきていたように見えた。

「海斗!」

そのとき突然海斗と爆炎の間に割り込んできたのは、瑞奈だった。

瑞奈は持っていたフライパンを盾にすると、爆炎を必死で抑えつけた。

もともとフライパンは耐熱の高い作りになっているので、何とか迫り来る炎を拡散させることができた。

だがそれでも相当の温度だったため、フライパンは表面から溶け始めていた。

普通の炎ではビクともしないフライパンがここまで溶けるぐらいだ。

やはり「術」と呼ばれるものの威力は計り知れない。

逆に言うと、その術をフライパンごときで防げたことが不思議なぐらいだ。

「テメェ・・・邪魔するつもりならその男と一緒にあの世へ送ってやってもいいんだぜ?」

「ふざけないで!海斗をよくもこんなに傷つけてくれたわね!あんたみたいなやつなんか私が追い出してみせる!」

「抜かせ!」

「きゃぁ!」

ヴェイグは再び風を発生させると、瑞奈の肌を切り刻んだ。

詠唱もなかったため威力は格段に低いが、宝石も持っていない生身の人間を黙らせるには十分すぎた。

瑞奈もその場に膝を付いて、切り刻まれた身体を抱きしめた。

「命が惜しければさっさと退きやがれ!次は立てない程度じゃ済まないぜ?」

「う・・・うるさい・・・わね!」

瑞奈は立ち上がって再びフライパンを構えた。

だがその瞬間、後ろで倒れこんでいた海斗がその場で起き上がって瑞奈の肩を掴んだ。

そして掴むなり、片手だけで後ろへ投げ飛ばした。

投げ飛ばされた瑞奈は、壁に思いっきり背中をぶつけた。

とはいえ海斗が軽く投げたこともあってか、特に外傷はできなかったし骨が折れたわけでもなかった。

「い・・・痛いわね!海斗!何するのよ!」

「それはこっちのセリフだ。あれほどの実力者に何の能力もなしにフライパンで突っ込むやつがどこにいる!最初に言ったけど、お前は後ろで黙って見てればいいっての!いや、むしろ見てる暇があったらさっさと逃げろ」

「嫌だ!海斗が死にそうになってるのに私だけ逃げるなんてできないよ!」

逃げる素振りなど全く見せず、瑞奈はとにかく海斗に反抗した。

だが海斗は、別に抵抗の言葉が聞きたかったわけではない。

「お前の言い分なんか聞いてやらねぇよ!いいから早く逃げろ!時間稼ぎぐらいいくらでもやってやる!」

「そんなこと誰も頼んでないわよ!海斗が死んじゃったらもう二度と顔合わせられないじゃない!」

「そんなのは死ななけりゃいいだけの話だ!何度も言うけど、とにかくお前はどっかに逃げろ!そうでなきゃお前が死ぬことになるぞ!」

「私は絶対に引き下がらないからね!このままでいいはずがないもの!」

瑞奈はこの騒動には全く関係のない人間だ。

できるようなら逃げて欲しかった。

だが本人は何を言っても逃げる気はないようだ。

こうなってしまっては何を言っても無駄だ。

そう思うと、海斗はもう逃げろとは言わなかった。

「・・・だったらせめて後ろに下がってろ」

海斗はそれだけ吐き捨てると、何度か手を握ったり開いたりした。

(大丈夫・・・俺はまだ動けるはずだ)

自分にそう言い聞かせると、先ほど落としたナイフを拾ってヴェイグと向き合った。

「いくぜ!」

「ふん、所詮テメェの速さじゃ俺には追いつけないぜ?」

ヴェイグにそんなことを言われたが、海斗はナイフを何度も振った。

全てかわされてしまったが、そのまま構わず振りつけた。

(海斗・・・)

瑞奈は自分の無力感を感じると同時に、悔しさも一緒にこみ上げてきた。

(力になりたい・・・私も海斗の力になりたい・・・!)

そのとき、窓の外が一瞬紅く染まったような気がした。

猫とアメジスト | 15:33:35 | Trackback(0) | Comments(0)
~第二話・白き光華と赤き結晶(中編[上])~
「そして~♪私達は~♪同じ鼓動の元に~♪心を通わ~せる~♪」

莉翠は第二音楽室でピアノを弾き、歌姫と称されているだけのことあって、そう呼ぶのに相応しい声を発していて、やがてその歌を止めた。

ピアノから手を離し一息つくと、音楽室全体を見渡した。

壁にはベートーベンを始めとした歴代の有名な音楽家達の肖像画が張られ、窓際には多数の打楽器が置かれていた。

黒板には誰かがイタズラしたのか「音楽」という文字と、その隣にもう一つ「昔薬」という謎の単語が書かれていた。

おそらく「音楽」と似た漢字を適当に並べて書いたのだろう。

莉翠はもう一度ピアノに手を伸ばし、ドレミファソラシドの音を交互に出した。

(いつもここに来ちゃうな・・・)

音楽室には莉翠以外には誰一人いなく、辺りは静まり返っていた。

今日は合唱部の活動は休みで、莉翠自身も本来ならとっくに家に着いているはずだったのだろう。

だがどういうわけか、莉翠はいつもの癖でここに足を伸ばし、お気に入りの「七夜の旋律」を歌っていたのだった。

(やっぱり、私はここに愛着があるのかな?)

莉翠は一週間前の同じ時間のことを思い出した。

その日も部活がないのにも関わらず、結局ここに来てしまったのだった。

莉翠はさっきまで弾いていたオルガンをパタッと閉じて、傍らに置いてあった自分のバッグを両手に持って立ち上がった。

オルガンに背を向けて帰ろうとすると

―――助けて

突如、小さな声が聞こえてきた。

今、ここには自分以外に誰もいないはずだ。

だが確かに、誰かの声が聞こえたのだ。

―――助けて

幻聴のような声は、再び莉翠の耳に届いてきた。

莉翠は何かざわめきを感じると、辺りに目を見張った。

何かがおかしい。

そう感じ取った莉翠は、隅から隅まで室内を調べ尽くした。

「―――っ!」

するとベランダの近くのドアの隅っこに、傷だらけの白い猫が倒れていた。

「ね、猫さん!どうしたの!」

しゃがみこんで猫を抱きかかえて、様態を詳しく確認してみる。

その猫は酷く衰弱していて、さらに気を失っているようだ。

莉翠は慌てふためいて、どうしたらいいのか必死で考えた。

(そ、そうだ!誰かに見てもらわなくちゃ!)

まだ息は微かにしている。

急げばまだ助かるかもしれない。

誰か猫に詳しい人に診てもらおうと考えたとき、パッと保健室という場所が思い浮かんだ。

そう思った莉翠は猫を抱きかかえたままその場から立ち上がり、すぐさま教室を出ようとした。

だが出入り口のすぐそばまで来たとき、突然背後から人の気配を感じた。

ふとオルガンに目をやると、黒い霧のようなものが渦巻き、やがてそれは一人の男性の形へと姿を変えた。

「見つけたぞ!我らが求めし猫を・・・!」

白銀に輝く髪の毛は、莉翠のものよりも若干暗い。

青い胸当てを身に付け、足にはピシッとした茶色のブーツを履いている。

「む?この世界の人間か・・・?その猫の姿を見てしまったか・・・」

男は独り言のようにそう呟くと、顎に手を当てて何かを考え始めた。

「あ・・・貴方は誰ですか!一体、この猫に何をしたんですか!」

「あ~?俺は別に何もしてねぇぞ?その猫は使いこなせもしない力を使ってこの世界に逃げ延びやがったんだ。ま、いわゆる自滅ってやつだ」

「自滅って・・・そこまで追い詰めたのは貴方じゃないですか!猫の命を何だと思ってるんですか!」

力、と聞いても何のことかよく分からなかったが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。

莉翠は怒りに満ちた表情を浮かべて男を睨み付けたが、肝心の男の方はまた別のことを考えているようだった。

「お前・・・クードから聞いた男と似たようなこと言うんだな。さてはお前が縣とやら・・・なわけないか。縣は男だって聞いたし・・・」

最後の方は聞き取れないほど小さな声で呟いて、やがて不敵な笑みを浮かべた。

「ま、とにかくだ。俺はその猫に用があるんだ。さっさとそいつを渡して欲しいのだが・・・?」

「嫌です!どうせまたツバキに酷いことをするつもりなんでしょ!」

「ツ・・・ツバキ・・・?なんだそれ?知り合いの名前か?」

「今、私がこの猫につけたんです!とにかく、貴方みたいに命の大切さが分かっていないような人にツバキを渡すつもりはありません!」

そんなことを言っている莉翠に対して、男は頭を掻いてクードの話を思い浮かべた。

縣という男もこんな状況なのにも関わらず、呑気に猫に名前をつけていたとか、いないとか・・・。

(こっちの人間はみんなこんなやつなのか?)

男は違った意味でため息をつくと、前に手をかざして空間の歪のようなものを生んだ。

そこから取り出したのは、紛れもなく一本の剣だった。

不気味なほどにまで鋭く輝くそれは、どこから見ても本物のそれだった。

「え~と・・・渡してくれない場合は手荒なマネをすることになっちまうんだけどなぁ・・・」

男は気が進まないような顔をしてはいるが、僅かながらに殺気は存在している。

きっと本気で殺すつもりなのだろう。

だが莉翠はそれでも、決してツバキを離したりはしなかった。

今、莉翠は出入り口を背後につけて背中を預けている。

このまま逃げることもできるかもしれないが、この男はツバキを捕らえるまで追いかけてくるだろう。

そうなると今度は校内を逃げ回ることになり、下手すると他の学生や先生にも被害が出るかもしれない。

そう思うと、ここから逃げる気にはなれなかった。

「ツバキは・・・誰にも渡しません!」

「はぁ・・・結局手をかけないといけないわけか。女を殺すのは趣味じゃないんだが・・・目的のためにはしょうがねぇか・・・」

そう言うと男は、自らの回りに紫色の魔方陣を描くと、精神をどこかに集中させた。

「黄泉の門よ、堕落せし雷の回廊を我が力とせん―――」

魔方陣からは、電撃が暴走するように踊っている。

莉翠は恐怖のあまりその場に座り込み、全く動けなくなった。

唯一できることと言ったら、ツバキを強く抱きしめることだけだった。

「恨むんなら、自分自身を恨むんだな」

詠唱を済ませ、いつでも術を打てる状態になった男は最後に一言吐き捨てた。

「十字を描け!ホルスト・ラクシード!」

莉翠の頭上に紫色の光が現れた。

それが自身に落ちてくるという直前、どういうわけか教室のドアが突然開き始めた。

入ってきた者は自分と同い年ぐらいの少年だった気がするが、状況が状況なだけに全く視界に入らず、詳しくは確認ができなかった。

少年らしき人間は、入ってくるなり驚きの表情を浮かべた。

莉翠は何が何だか分からなくなって、もう何も見たくないと言うように思いっきり目を瞑った。

その瞬間、何かが自分を抱きかかえて、自分を襲ってきた男の背後に跳躍した気がする。

感覚だけで判断したのだが、やがてそれが現実で起こっていたことに気付く。

「莉翠ちゃん、大丈夫?」

その声には聞き覚えがあった。

それもほとんど毎日聞いていて、耳に慣れてしまった声だ。

声の主を確かめると、それはクラスメートの縣だった。

縣は心配そうに顔を覗き込んで、特に外傷がないことを確認するとホッと息をついた。

「あ・・・縣君。どうしてここに・・・?」

「え~と・・・何でだっけなぁ・・・。あ、そうだ、素敵度最大級の歌が聞こえた後、体が自然とこっちの方に来たんだった」

「す・・・素敵度最大級って・・・そ、それよりも縣君!早く逃げないと!あの男が術まがいの力を使ってきて・・・」

莉翠はそう言って、先ほどまで自分の立っていた場所を指差した。

そこは雷撃によって、莉翠の立ち位置だったところを中心に十字型に破壊されていた。

「う~ん、どうやらそうみたいだねぇ。でも逃げる気はないんだ。むしろこれは僕の役目みたいなものだから・・・」

縣は制服の中からカッターナイフを取り出して、男に向かって身構えた。

「なんだ、お前?そんなナイフで俺に対抗できるとでも思ってるのか?」

「何言ってるんですか?思ってるわけないでしょ?」

縣が軽く笑みを浮かべるとカッターナイフは紫色の光に包まれ、やがて形状を変えて、以前クードに対して使ったトゥルーシアソードに変化した。

「お前、その剣・・・そうか。お前がクードの言っていた縣ってやつか!」

「何だって?クードを知っているのか!」

クードという名前が出てきた瞬間、縣はこの男がクードのどこまでを知っているのか気になった。

「・・・ということはそのバッグから頭のはみ出している猫がアスカとかいうやつだな!」

「まぁそういうことになるね~」

首にアメジストを下げているアスカが反応すると、縣の左肩によじ登ってきた。

「縣~、どうやらその男は後ろの莉翠っていう子の抱えている猫を傷つけたみたいだね~。しかも莉翠本人にも攻撃しようとしてたみたいだし、早く対処した方がよさそうだね」

「なるべく長期戦は避けたいところだけど・・・僕にできるかどうか・・・」

少し自信なさげに言ってはみせたが、かといって引くことができるはずもない。

こないだクードを追い返せたのは海斗と二人がかりで、挟み撃ちの状態で不意を付いたからであり、しかもクードがこちらのことを甘く見すぎていたからである。

だが今回は、相手の男が既にこちらの能力について事前に知っているようだし、戦える者が自分一人しかいない。

今回も確実に仕留められるかと聞かれたら、自信を持ってそれができるとは言えない。

「あ、あの・・・縣君、これは一体・・・」

「莉翠ちゃんは下がってて。すぐに終わらせるから」

縣は莉翠を背中に庇うようにして、男と莉翠の間に割り込むような位置に立った。

困惑している莉翠を安心させるために、大丈夫だと笑って見せたが、さすがに分が悪すぎる。

だがそれでも怯むようなことはなく、男の動作の一つ一つまでジッと見据えた。

「女の子に刃物を向けるような最低なことをするやつは、この僕が仕留めてやる!」

「ふん、お前の方こそ、俺にとってはクードの仇だ!てめぇはここで刀の錆にしてくれる!」

仇、と言われて縣は背筋がゾッとした。

クードを斬りつけて他人に恨まれるなど考えもしなかった。

だがクードが人間である以上、少なからず彼を支えている人間も存在しているということを、今更ながらに思った。

(でも・・・僕にだって譲れないものがある・・・!)

だからと言ってクードの行いを許してしまっていたら、アスカはやつに捕らわれて、今頃何をされているのか分かったものじゃない。

第一、相手の方が正しかったと言ってしまうと、逆に自分が悪かったというみたいになってしまう。

そのこともあって、どうしても自身の行動を否定することはできなかった。

縣は男に接近しようとしたが、どうにも足を動かす気にはなれなかった。

「へっ!来ねぇのかよ!それなら・・・こっちから行かせてもらうぜ!」

男はそう言うと凄い勢いで接近し、剣を横薙ぎに振りつけた。

縣は重い力を受け、なんとかその場に踏みとどまったが、その一撃によって圧倒的な力の差を感じた。

(なんだ、この威力は・・・!力量が違いすぎる・・・!)

縣は強張った表情を浮かべ、自分の無力さを呪いたくなった。

だが、力がないことを理由に降参する気はない。

今ここで自分が引き下がったら莉翠がどうなるか分からないし、他の人にも危害が加わることもありえなくはない。

それに、非力な分は作戦でカバーするのが自分の性にも合っているだろう。

真正面から攻撃を受けていたのでは、いつまで持つか分かったもんじゃない。

隙を見つけて、そこを突く。

仮にも隙が見つからないのなら、こちらで作ってやればいい。

戦闘とは互いの駆け引きが勝敗を生む。

何も、力が全てというわけではないのだ。

「これでも受けろ!断光閃!」

縣は後ろにステップを踏むと、剣を大きく振りかぶり思いっきり振り下ろした。

間合いを取ったのにも関わらず剣圧によってリーチが広がり、男の身体にもしっかりと届いた。

男はそれを軽々と防御して余裕の表情を見せたが、縣の攻撃はまだ終わらない。

今度は下から上に振り上げそのまま宙に浮き上がり、素早く一回転して男の背後に移動した。

男を背後にすると、振り向きざまに光を纏った剣でもう一撃加えた。

だが男はそれすらも当然のように受け止め、縣以上の力を出して強引に押し返した。

「失せな!襲雷撃!」

「何・・・っ!」

押し返されて怯んでいる縣を、男は剣から出した雷撃によって追尾した。

何とかその一撃は抑えたものの、雷撃はさらに広がり縣を襲う。

その雷撃に苦戦している間に、男はいつの間にか背後に回っていた。

さっき自分が使った戦法をそっくりそのまま返されただけだったが、その動きは先ほどの自分のものよりも格段に速い。

「電光の連撃!襲雷月華!」

男は剣を突き出すと、そのまま上に斬り上げた。

縣は防御の動作が間に合わず、剣の斬りつけは避けたものの、三日月を描くような雷の軌跡はそのまま直撃してしまった。

「ぐ・・・っ!」

「縣!大丈夫!?」

多量の雷撃のせいで体がまともに動かない縣を見て、アスカは焦りに焦った。

「ふん!力を封じられていたとはいえ、あのクードを苦しめたからどんなやつかと思ったら・・・所詮この程度か」

「・・・封じられて・・・いた・・・?」

クードの力が封じられていたなんて初耳だ。

あれだけの圧倒感があったというのに、それでも本気ではなかったと言うのだろうか。

「おっと、クードのことが気になるみたいだな。だが、お前には何も話す気はないんでな」

男はニヤリと口元で笑ってそう言ったが、縣にはよく聞き取れなく、表情もよく読めなかった。

正直言うと、今にも意識が遠のきそうなほどボロボロの状態だ。

だがそれでも致命傷にならなかったのは、アスカが縣の体に薄い防御壁を張ったからである。

とはいえ、宝石の力を上手く扱えない猫の張った防御壁では、ダメージを微妙に修正することぐらいしかできなかった。

「く・・・くそ・・・」

もはや喋ることも精一杯だった。

縣は剣を床に付き立てて、自らの体を支えることしかできなかった。

「全く・・・アメジストもなんでお前みたいなやつなんか選んだんだか・・・ま、そんなことはどうでもいいか。お前・・・俺と一緒に来やがれ!本当は殺してやりたいところだが、テメェを見つけたら捕らえてくるよう、クードに言われているんでな。それが終わったら・・・そこの女!次はお前の猫を渡してもらうから覚悟しやがれ!」

「!」

男はチラっと莉翠の方に目をやった。

莉翠は男に対しての恐怖を隠して、声の限界など分からないというように叫びだした。

「貴方は・・・生き物を傷つけて何も感じないんですか!ツバキや縣君を傷つけて・・・一体、何が目的なんですか!」

「はぁ・・・聞き覚えの悪いやつだな・・・最初にも言っただろう?俺はその猫に用があるんだ。本当はそのガキとそいつの猫も必要だったんだが、それは後日改めてということにしようとしてたんだ。だがどういうわけか、そいつが自分から寄ってきやがったからな。手間が省けるから、まとめて用を済ませようと思ったわけだ。大体、そのガキも災難だよなぁ。猫と契約したせいでこんな騒動に巻き込まれちまって。なぁ?お前もそう思うだろ?」

そう言って今度はアスカに視線を向けた。

「ぼ・・・ 僕は・・・」

アスカは言葉が見つからなかった。

正直言うとこんな騒動に縣が巻き込まれているのは、少なからず自分が関係しているはずだ。

(ハヤテ・・・やっぱり、僕と縣は出会うべきじゃなかったんだよ・・・)

屋上で言われたことを思い返してみたが、今更ながらに後悔が積もってきた。

クードとの戦いの後、すぐにでも離れるべきだったのではないか、と。

いや、そもそも契約自体をするべきではなかったのかもしれない。

「どうやら、何も言えないようだな。パートナーはもっと考えて選ぶもんだぜ?ははははは・・・何!」

余裕そうに笑っていた男だったが、突然背後に剣がかすってきて振り返った。

見てみると、フラフラな状態の縣がこちらに剣を向けている。

「なんだ~?まだやるってのか?こいつはお笑いものだな!もっと痛めつけないとわかんねぇようだな!」

「あ・・・縣・・・」

「アスカ、何そんな悲しそうな顔してるの?大丈夫だって。僕は・・・アスカと出会ったことを後悔なんてしてないし、むしろ良かったって思ってるんだ」

「で、でも僕は・・・縣を騒動に巻き込んだんだよ?それなのに・・・何が良かったっていうのさ!」

「巻き込んでることなんて気にしないの。僕はアスカと友達になれてよかったよ。よかったことなんてそれだけあれば十分でしょ?」

「縣・・・」

本当は息をするのも苦しいはずなのに、その表情は無理に笑っているようにみえた。

縣の言ったことはおそらく全て本当のことだ。

自分と出会って、本当に良かったと思っているはずだ。

それが縣という男だし、それは出会ってから一日しか経っていなくたって十分に分かる。

「それにさ、僕はその男が許せないんだ。猫だって、人間だって、軽々しく傷つけていいものじゃないよ。だったら、僕はそいつを止めてみせる。いや、止めたいんだ。そのためには・・・アスカという存在が必要なんだ。一緒に戦おう!戦って、全てを守り通そう!」

縣の言葉に、アスカは何かを痛感した。

縣は自分を必要としている。

だったら、その気持ちに答えるために自分にできることはなんだろうか。

「大切なのは迷惑かどうかっていう以前に、アスカ自身の気持ちなんだ。僕はこんな無駄な争いに終止符を打ちたい!アスカはどう思ってるの?このままでいいと思ってるの?」

縣の心からの訴えが、アスカの心を揺さぶった。

自分にできること―――それがどんなことかは明白だった。

宝石の力を縣に宿し、そして自らも一緒に戦う。

縣の気持ちに答えるには、それだけで十分だった。

「・・・なんだ。最初から答えは出ていたんじゃないか・・・縣!僕も一緒に戦う!その男を許せないのは、僕だって同じだよ!」

アスカは分かりきっていた答えに悩んでいた自分を捨てると、決意の目で縣と向き合った。

「負けるための打ち合わせは済んだのか?」

さっきから暇そうに事の成り行きを見ていた男が、早く終わらせてくれとでも言いたげにしている。

話の途中で斬りこんでこなかったのは、おそらくいつでも攻撃できるという余裕の現われなのだろう。

「そんな打ち合わせはした覚えがないね!僕達が手に入れるのは、勝利だけだ!」

「僕達はお前に勝ってみせる!」

「全く・・・往生際の悪いやつらだ。何度やっても結果は見えてるぜ!」

二人はほぼ同時に間合いを詰め、剣と剣のぶつけ合いを始めた。

明らかに優勢なのは男の方だったが、縣はしつこく食い込んでひたすら斬りかかった。

アメジストの宝石は先ほどよりも光を強めている。

縣とアスカとアメジストの心が上手く同調している証拠だろう。

「ちぃ!まだ力が残ってやがったか!だが・・・今すぐ決着を付けてやる!」

しかしいくら上手く同調していると言っても、まだまだ経験不足だった。

どうしても、男に一撃を加えることができない。

(縣君・・・)

そんな中一人座り込んでいる莉翠は、自分だけが世界から切り離されているような孤独感を感じていた。

(縣君は私やツバキを守るために戦ってくれているのに、私には何もできないの・・・?)

莉翠はツバキを強く抱きしめて、自分自身に何かを祈念した。

(守られているだけなのは嫌・・・!私も・・・守るための力が欲しい・・・!)

その時、椿が淡く白い光に包まれた。

今更気付いたのだが、ツバキの頭には三日月形のヘアピンのようなものが付いていた。

そして、光源はまさしくそのヘアピンだった。

その光はツバキの全身を包み込むと、莉翠の方にも移ってきて、不思議な感覚にとらわれた。


猫とアメジスト | 19:03:58 | Trackback(0) | Comments(0)
~第二話・白き光華と紅き結晶(前編)~
校舎の一角に位置している第二音楽室。

そこで突然、光が収束した。

光から出てきたのは、一匹の白い猫だった。

猫の体は傷つき、動けない状態だった。

やがて意識が途切れ、その場に倒れこんだ。






アスカはボロボロになった屋上のさらに上の屋根から、空を見上げていた。

そこは一匹の猫が居座るには大きすぎる場所だった。

「何か考え事か?」

突如後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

声の主はハヤテだった。

「・・・空を見ていただけだよ」

「それはどうかな?」

ハヤテはアスカを窺うように目を細めた。

「アスカ、お前は昨日この屋上を離れたとき、何か考え事をしていたな。何か気掛かりになることでもあるんじゃないのか?」

「・・・やれやれ、ハヤテには何でも分かっちゃうね」

「なぁ~に、単にアスカが分かりやすいだけだって♪」

アスカはハヤテに何もかも見透かされ、最早隠し通せないと思うと、その場で話す決心をした。

「昨日の男・・・」

「あぁ、クードのことか?」

「うん、そのクードのことなんだけど・・・あいつは・・・猫を傍に連れていなかったんだ」

「猫を・・・?そういえばいなかったな。特に別の気配も感じなかったし・・・」

昨日のこの場での出来事を思い出しながらハヤテが言うと、アスカは一呼吸置いてから話を続けた。

「それが疑問なんだ。縣も海斗も気付かなかったみたいだけど、あのときクードは自分の宝石を持っていたんだ。だけど、クードはそれを一つしか持っていなかった。そうなると、もう一つの宝石は遠くに存在していたはずなんだ」

「宝石は・・・確か近くに存在していないと効力が期待できないんだったな・・・」

「うん、その通りだよ。でもよく考えても見て。昨日はたまたま追い返せたけど、効力の薄い宝石であれだけの力を出すことができたんだ。クードがもし次に猫を連れて来たら、今の僕達じゃ対応しきれないよ」

「確かにそうだな・・・俺達はまだ経験もそんなに積んでいないし、完全に宝石のことを知ったわけでもない。そりゃあ心配にもなるか」

「・・・・・」

「・・・そうか。お前は自分のことより縣のことが心配なんだな」

「!」

黙っていたアスカに、ハヤテが追い討ちを掛けるように付け加えた。

「自分のせいで縣を危険な目に合わせている。そして、自分は無知無力だから助けてやることすらできない。アスカはそう思っている。違うか?」

「・・・ホント、ハヤテには参っちゃうよ・・・」

また見透かされた、と思うと、何か敗北感のようなものがこみ上げてきた。

だがアスカは、むしろ気付いてくれたことに感謝した。

もしこのまま気付いてくれていなかったら、一人で悩んでモヤモヤが消えなかったかもしれない。

「あんまり気にしない方がいいって・・・」

「でも・・・」

「確かに俺達は、アスカのせいで厄介事に巻き込まれた。それは紛れもない事実だ。だけどな、縣を傷つけたくないからって一人で逃げたら、たぶん縣自身は悲しむだろうな」

「悲しむ・・・?僕が縣のもとから離れると縣が悲しむの?」

「その通りだ。縣は海斗とは長い付き合いだからな。当然俺だって縣のことはよく知っている。あいつは他人が傷つくことを嫌う傾向がある。それは猫だって・・・いや、他の生き物だって例外じゃない。アスカが縣を傷つけたくないと思っている一方、縣もアスカを傷つけたくないと思っているんだ。縣のそういう気持ちも、少しは理解してやってくれ。あいつと同じ性格をしているお前なら、それが分かるだろ?」

「でも・・・でもやっぱり僕は・・・」

話を聞かせても納得のいかないアスカを見て、ハヤテは「全く、聞き分けの悪い猫だな」とでも言うように肩を下ろし、ため息をついた。

「それにな、縣は既にお前のことを友達も同然だと思ってるぞ。ここでお前が逃げたら、あいつは自分に力が足りないから逃げられたんだと思って、そんな自分を責めるだろうな」

「そ、そんな!縣は何にも悪くない!」

「お前にその気がなくても、縣はそう思うかもしれない。それが縣というやつなんだ。だからこそ、お前はあいつの傍についていなくちゃいけないんだ」

アスカは目を閉じて考えてみた。

自分はよくても相手がよくないのなら、やっぱり相手の真理も頭に入れておくべきだ。

「とにかく、一人でなんでも解決しようなんて思うなよ。今回は俺が相談に乗ってやったけど、お前のパートナーは縣なんだ。あいつはいつだってお前の悩みを聞いてくれる。友達っていうのは助け合うために存在するんだ。もっとあいつを頼ったっていいんだぜ?」

「・・・ハヤテの言うこと、分かる気がするよ。僕は昨日からずっと、縣から離れた方が僕のためにも縣のためにもなると思ってたけど、結局それは違ったんだね」

「ま、そういうことだ。さてと、そろそろ海斗が帰るころだ。俺はもう行くぜ?」

ハヤテは一方的に話を打ち切ると、素早い身のこなしで下の階層へ姿を消してしまった。

(ハヤテ・・・ありがとう)

そうやって心の中で感謝しつつ、アスカも縣のもとへと戻っていった。






「失礼しま~す」

縣は職員室に着くなり、ドアをノックして中へと入った。

「あら、縣君。いらっしゃ~い」

「ほたる先生、レポート提出しに来ました~」

「は~い、ご苦労様♪」

ほたる先生は満足そうに微笑むと、手渡されたレポートを引き出しにしまいこんだ。

「あ、それじゃあ僕はこのへんで・・・」

縣は特に別の用件もなかったので、レポートを渡したらすぐに退散するつもりだった。

彼は一礼すると背を向けた。

だが―――

「・・・縣君・・・」

何やらほたる先生に呼び止められたのでもう一度振り返った。

そのとき、ほたる先生の表情がいつもより歪んでいることに気が付いた。

「どうしたんですか、先生?」

「屋上の件でもう一度確認しておきたいことがあるのよ・・・。貴方は神夢君とともに教室を抜け出して、一年生のフロアを駆けてそのまま上の階層へ上っていった・・・そうよね?」

「えぇ、そうですけど・・・」

突然何を言い出すかと思えば、先生は一体どういった考えがあってそのような質問をしたのだろうか、という考えが縣の頭の中を過ぎった。

「ふぅん・・・」

ほたる先生は何かが納得いかないというように顔を顰めて、左手を顎につけて何らかの考えを巡らせている。

「そうそう、縣君。一年生のフロアが何階にあるのかは、もちろん知ってるわよね?」

「・・・?間違いなく四階だったはずですけど・・・?」

学校に来れば、一年生である自分は必ずと言っていいほどそのフロアを利用する。

なぜ今更そんなことを聞くのだろうか。

縣には、まだほたる先生の真理がよく分からなかった。

「そうよねぇ。それじゃあ四階の上には何があるか、というのも勿論知ってるわよね?」

「四階の上・・・ですか?誰に聞いても屋上としか答えようがありませんよ?」

「・・・貴方が昨日逃げたときの始点はどこだったかしら?」

「いや・・・ですから一年生のフロアで・・・僕達の教室じゃないですか」

「それっておかしくない?」

「え・・・?」

何か変なことでも言っていただろうか。

縣は考えてみたが、特におかしい部分は思いつかなかった。

ほたる先生はそんな縣の思考を察して、話を続けた。

「・・・貴方は四階から逃げてそのまま上に向かっていったのよ?それなのに、どうすれば屋上以外のところに辿り着けるのかしら?」

「・・・あ」

縣はようやく矛盾点を見つけた。

四階の上が屋上で、かつ四階から逃げて上に向かっていった場合、屋上に付かないなんてありえないことだ。

縣の咄嗟に付いた嘘は、ほたる先生によってことごとく見破られてしまった。

「縣君。先生に本当の事を話してみる気はないかしら?」

「・・・」

いくら嘘が見破られたからといって、それでも簡単に喋ってしまっていいものだろうか。

縣は目を瞑って自分の心に聞いてみた。

不思議な事にも、答えは心から直接届いてきた。

「・・・先生、確かに僕は屋上のことについて知っています。この際そのことは認めます。それでも、やっぱり今は話したくありません。いえ、むしろ話すべきではないのかもしれません。詳しくは言えないんですけど・・・その・・・いろいろ事情があったとしか・・・」
なんて言えばいいのかよくわからず、県は思わず口ごもってしまった。

「・・・そう、言いたくないのならしょうがないわね」

「あの・・・ほたる先生、僕・・・」

「えぇ、分かっているわ。深く追求する気はないから」

ほたる先生はいつもの満面の笑みを浮かべると、先ほど引き出しにしまった縣のレポートを出して、じっと見始めた。

「・・・いつから気付いてたんですか?」

「あら、これでも中学校のころから担任やってるんだから。かわいい生徒の考えくらい、ちょっと顔見ればすぐに分かるわよ」

ほたる先生は微笑みをさらに深く浮かべると、今度は赤ペンを持って縣のレポートを採点し始めた。

縣は今までのほたる先生の事を思い返してみた。

中学校に通っていたころに担任として関わり、それから三年間変わることなく担任として居座り続け、縣自身が卒業するころに「先生が高校に転勤する」ということを聞かされもうお別れなのかと思ったら、偶然にも同じ高校、同じクラスとなり、以前と変わりなく接し、今の仮定に至るわけだ。

思えば、ほたる先生に隠し事を隠し通せないというのは昔からだったかと、かつての経験を思い出す。

「先生・・・本当にすみません。でも今回の件のことは話せそうにありません」

「そんなに気にしなくていいのよ。でも条件は付けときましょうかね?」

「条件・・・?」

「そう、簡単な事よ。いつかは先生に本当の事を話すこと。先生が縣君に求めるのはそれだけよ?」

「先生・・・」

昔から無理強いの嫌いな先生だったが、それは今も同じことみたいだ。
そして、そんなほたる先生の中には「自らの意思で告げてくるまで待つ」という教訓が存在する。

決して詰問はせず、話したいときに話させる。

大抵の生徒はその微笑みの前に、隠し事をしていることに罪悪感を感じて自白してしまうことが多い。

ときには隠し事だけでなく、悩み事まで相談してしまう生徒も少なくないらしい。

それは当然自分も同じことだったが―――と言っても、隠し事なんて数えられる程度しかしたことがなかったが―――今回の件はさすがに今すぐには話せそうになかった。

「先生・・・必ずいつか話します・・・」

「えぇ、それじゃあ気長に待ってるわ。あ、レポートは返しておくわね」

そう言うとほたる先生は、縣にレポートを手渡した。

そのレポートの表紙には、赤ペンで「S」と書いてあった。

「うふふ、縣君のレポートは相変わらず良く整ってるわねぇ」

「せ・・・先生?」

「ほら、もっとシャキっとしなさい。貴方は人の役に立てる力があるんだから」

話をはぐらかされた気もするが、今はそれが有難かった。

縣は一言「頑張ります」と言って軽く会釈をすると、にっこりと微笑んで職員室を後にした。






「あれ?縣じゃないか」

廊下を出ると、偶然にも海斗と鉢合わせた。

「先輩、こんなところでどうしたんですか?」

「あぁ・・・ちょっとフルーツナイフを借りに調理室へ行くところだったんだ」

「海斗のやつ、いつものナイフを家に忘れてきたんだぞ!」

バッグの中から顔を出したハヤテが、怒りの表情で海斗を睨み付けた。

「しょうがないだろ。昨日のことが頭から離れなくて、ナイフのことなんかすっかり忘れてたっつ~の」

海斗も同じようにハヤテを睨み付けた。

「海斗のば~か!皮剥かないと俺がリンゴ食べられないの知ってるくせに!」

「へいへい、借りれば一瞬で済むことだろうが」

海斗は軽く頭を毟った。

睨み合いはまだ終わらない。

下手すると、このまま一生やっていそうな雰囲気だ。

「あ、そういえば先輩。アスカ知りません?」

縣は微妙な空気を戻そうと強引に話を変えた。

「アスカならさっきまで俺と屋上で話してたからな。そろそろ戻ってくるころなんじゃないかな?」

分からない海斗の代わりに、ハヤテが答えた。

「お~い、縣~っ」

「・・・噂をすればやってくるもんだな」

見ると、足元にはいつの間にかアスカが居座っていた。

「アスカ、おかえり~」

「へへ、ただいま~」

自宅に帰ってきたわけでもないのに、異様なほどに平凡な会話だ。
アスカは嬉しそうに縣に飛びつくと、バッグの中に身を潜めた。

「さて、と。俺達は調理室に行ってくるぜ」

「先輩、いってらっしゃ~い。あれ?でもナイフって借りられるものなんですか?」

「本来は借りられないけど、瑞奈にでも頼めばちょっとぐらいは大丈夫だろ」

瑞奈というのは海斗の幼馴染で、製菓部に所属している二年生の先輩だ。

本名は桔梗瑞奈。

部活がない日でも調理室にいて、そこで放課後に甘い香りが漂ってくるのは、瑞奈が料理をしているからだ。

縣が小さいころに一緒に遊んでもらっていたことは薄っすらとしか覚えていないが、それでもお世話になったことはよく覚えている。

「そういえば縣こそこんなところで何してたんだ?」

「あ、僕はちょっとレポートの提出をしに来て、ちょうど職員室から出てきたところです。それで・・・」

「それで?」

「あ、いえ。なんでもありません」

ほたる先生に、屋上のことについて勘付かれたことは念のため黙っておくことにした。

関係のない他人に事を知られたことを海斗に教えたが最後、何を言われるか分かったものじゃない。

縣は吐きかけた言葉を飲み込んで、苦笑いをしてみせた。

「ふ~ん。まぁいいや。ハヤテ、さっさとリンゴを求める旅に行くぞ~」

「旅って・・・ここからだと一分もしないうちに辿り着いちゃうんだけど・・・」

海斗は「俺は放浪者~♪」と謎の歌を口ずさみながら、ナイフの待つ調理室というゴール地点へと向かっていった。

「さて、僕は・・・って、今日もいつも通り部活があるんだった」

「縣、それなら早く行こうよ~」

「うん、そうだね。って、あれ?」

「どうしたの、縣?」

縣はバッグを持っている右手と、すっからかんの左手を交互に見た。

「・・・あはは。弓道の道具、教室に忘れてきちゃった♪」

「そ、それじゃあ四階に逆戻り?」

「そういうことになっちゃうね~」

縣が「ごめんごめん」と言っている傍らでアスカは呆れていたが、それでもお互いに笑い合うと職員室の横に位置している階段を伝って四階へ行こうとした。

だが三階に足を踏み入れたとき―――

「七つの~暗闇を~♪照らす~光を~♪求める~若者たちよ~♪」

どこからかピアノの音と、誰かの歌声が聞こえてきた。

「優しい歌だなぁ。誰が歌ってるんだろう・・・?」

その歌はあまりにも美しく透き通った声で歌われていて、聴くものに圧倒感すら与えてしまうような歌だった。

「何と言うか・・・心地よい感じがするよ」

アスカも同じように心の底から安らぎを感じて、思わず聴き入ってしまう。

「ちょっと寄ってみない?」

「僕も今そう思ってたところ♪」

一人と一匹は少しの寄り道をしに、歌の聴こえてくる方向―――三階奥の第二音楽室だった―――へ向かうことにした。


猫とアメジスト | 11:41:29 | Trackback(0) | Comments(0)
~第一話・猫と縣とアメジスト~
「こら~!待ちなさい!」

ここは、七夜市の中でも有名な七夜市立七夜高等学校の校内である。

その中で、スピーカーでもおいたかのように校内全体を響かせる高い声は、この七夜高校でも一躍有名な1年生の女風紀委員、美澄綾乃のものだ。

一年生用の純白をイメージとしたセーラー服を身に纏い、胸には赤いリボンが、肩には風紀委員を象徴する「風紀」と書かれた腕章を身につけ、下には規則を無視した短めの青いスカートを穿いている。

腰まで伸びる軽やかなクリーム色の髪は、廊下に吹き渡る僅かな風によって靡いている。

紺碧に輝く瞳は、今や遥か前方の逃亡人を見ていた。

綾乃の手には一本竹刀が握られていて、その逃亡人を追いかけて廊下を凄い速さで走りぬけていく。

その竹刀の矛先の逃亡人は―――

「全く、今日も一段とおっかないぜ!」

同級生の水原神夢だった。

彼もまた、廊下を疾風の速さで駆け抜ける。

白いワイシャツの上に漆黒の制服を身に付け、その制服には肩から袖にかけて、あるいは腰から足元にかけて赤いラインが付いている。

胸ポケットからは僅かに生徒手帳がはみ出している。

翠色に輝く髪の毛をカチューシャで後ろに纏めていて、下手すれば女性と間違えられてしまうほど整った顔つきをしている。

アクアマリンのように清らかな瞳は、奥の方で密かににやけていた。

「ところで、なんで僕まで追いかけられてるわけ?」

その隣で一緒に綾乃から逃亡しているのは、これまた同級生の紫雲縣だ。

神夢と同じ制服を身に着けてはいるが、長めの袖は少々窮屈そうだ。

茶髪のボサボサヘアーで、神夢とは正反対であまり身なりは整っていない。

漆黒に染められた純真なほどに黒い目は、半ば呆れたように瞼の中に伏せられた。

「親友なら一緒に逃げるのが筋ってもんだろ?」

「え~?確かに神夢のことは大事な親友だとは思っているけど、それとこれとはまた別の問題な気がするんだけど・・・」

縣は神夢の言葉に対して一言返し「親友って絶対こんな関係じゃないよな・・・」と思いつつも、足は自然と神夢についていった。

そもそも凄い形相浮かべて竹刀振り回しながら追いかけてくる綾乃も綾乃だが、元はと言えば授業中に教室をこっそり抜け出した神夢が悪いような気がする。

縣は密かにそう思ったが、声には出さないまま言葉を飲み込んだ。

その前に、自分がなんでこんなところで神夢と一緒に逃げているのだろうと思うと、自分が場違いな人間であることを思い知った。

呑気な性格で人に流されやすく頼み事を断れない縣は、結局神夢についていってしまったのだった。

「・・・で、どうするの?逃げられるアテはあるわけ?」

「はぁ?そんなものあるわけね~じゃん。適当に逃げればよくね~?」

やっぱりいつもと変わらないな、と縣は思った。

「そういえばさ、もう少し行くと階段があったよな?そのへんで二手に分かれちゃおうぜ?」

神夢が唐突もないことを言い出した。

しかしこれもいつものことなので、縣は即座に納得した。

「ん~・・・それもそうだな。じゃあこないだは僕が下に行ったから、今度は神夢が下ね」

「よし、そうするか。じゃ~な縣。今日も俺の逃亡に付き合ってくれて感謝するぜ♪さすがは俺の大親友だな♪」

「なぜか成り行きでそうなっちゃうだけなんだけど・・・」

そんなことを言っている間に、神夢は下の階層へと姿を消した。

逆に縣は上の階層へと駆け上る。

その足取りは、さっきよりも少し速くなっている。

気がづけば、縣は屋上に辿りついていた。

吹き抜ける風を見送ると、鉄製の柵に手をかけ画期的な街へと目をやった。

「・・・ま、たまにはサボりもいいよね」

成績は常に上位で授業中も比較的おとなしい縣は、あまり授業をサボったことがないが、今日は不思議と屋上で過ごしたい気分だった。

「・・・あれ?」

ふと屋根を見上げると、人が一人寝ているのを発見した。

「・・・お?縣じゃね~か」

その声には聞き覚えがあった。

近所の知り合いであり、また先輩である浅月海斗だ。

制服のデザインは縣とほとんど一緒だが、ラインの部分が青色だ。

そもそも七夜高校では学年ごとにイメージ色が存在し、一年生は赤、二年生は青、三年生は黄という風に決められている。

よって青色のラインをつけた制服を身に付けている海斗は、二年生ということになる。

蒼に染められた髪が風になびき黒に輝く瞳は、退屈だ、とでも言いたげな眼をしている。

「先輩じゃないですか!こんなところで何やってるんですか!」

「俺が何しようと勝手だ。お前こそ、サボりとは珍しいな」

海斗はとりあえずその場から起き上がると、縣の方に目をやった。

そのとき海斗の制服から一匹の猫が飛び出して、縣に向かって落ちてきた。

「おっと!・・・って、この猫・・・ハヤテですね」

「あぁそうだ。今そいつに餌あげてたんだよ。で、暇だったんでついでにここで昼寝してたってわけだ」

「餌って・・・これリンゴじゃないですか!」

縣はわずかに驚きの表情を浮かべたが、「ハヤテの好物だ」という海斗に、あっさり流されてしまった。

「お前も来るか?屋根の上は居心地がいいぞ~」

海斗がそう言うと、縣は再び涼やかな風の流れを感じた。

確かに今日は、日差しもいいし風も程よい靡きがする。

おそらく屋根の上はさらに気持ちがいいだろう。

「・・・・・ん?」

屋根に上ろうと梯子に足を掛けた縣だが、ふいにその足が止まった。

何かを鼻に感じると、ふと嫌な予感が漂ってきた。

(・・・血の匂い・・・?)

鼻の奥でその匂いが引っ掛かった。

確かに今、風の中からわずかに血の匂いを感じたはずだ。

「おい、縣!どこ行くんだ!」

海斗の言葉には耳も傾けず、縣は屋上の反対側に並んでいる給水タンクの方に走り出していた。

血の正体のことを考えると、少し躊躇いを感じた。

しかし、確かめずにはいられなかった。

恐る恐るそれらの隙間に目を覗かせると、目に入ったのは―――

(・・・猫・・・か?)

そう、一匹の白色の猫だった。

だがその猫は、体中傷だらけの状態でその場に倒れこんでいた。

おそらくはまだ生きている。

縣は直感でそう思った。

しかし今にも死にそうな猫を見ると、縣はいてもたってもいられなくなった。

「ど!どうしたんだよ、猫さん!」

縣は思わずその猫を抱いて叫んでいた。

少し遅れて海斗―――肩の上にハヤテを乗せて―――も来たが、縣の抱
いている猫を見て状況を察した。

「この猫・・・ひどく衰弱してるみたいだ。一体何があったんだ・・・?」

この傷だらけの状態に疑問を感じたが、暫しの間硬直しているとやがてハッとして、海斗は縣の手からその猫を半ば強引に奪い取り、傷の状態を確認した。

ハヤテを飼っている海斗の方が猫には詳しい。

縣もそれを理解して、海斗に猫を任せた。

だがその顔は困ったような表情をして、やがて歯切れが悪いように口を開いた。

「・・・う~ん・・・ダメだ。よくわからねぇ。でもこの傷の深さや付き方からして、何か鋭利な刃物で斬られたような・・・そんな気がする。刃物を扱えるってことは・・・たぶん人間の仕業だな。見た感じだ
と他の肉食動物にやられたってわけでもなさそうだしな」

「猫にこんな酷いことをする人がいるんですか!と、とにかく早く手当てをしなくちゃ!そうだ、保健室に連れて行きましょう!なんとかしてくれるかも・・」

「う~ん・・・猫を看てくれるかはわからねぇぜ?人間とは処置の仕方とかも違うみたいだし・・・」

「少しでも知識がある人に看てもらう方が効率がいいじゃないですか!とにかく、僕は保健室に行ってみますからね!」

縣は海斗の手から猫を再び奪い返すと、保健室に向かおうと階段の方向に走り出した。

縣は必死だったが、海斗は別の事が気掛かりですぐについていくことはできなかった。

(あの傷・・・本当に刃物によるものなのか?まるで、空気の刃にでも切り刻まれたような・・・って、んなわけないか)

自問自答をして自分も縣の後を追おうと階段に向かったが、その足は止まった。

さっきまで自分が寝ていたところに、槍を持った黒マントの男が立っていた。

その男はにやりと表情を浮かべると、槍を空に掲げて見せた。

その槍に光が収束し、その光は槍状の形になった。

だがその槍は海斗を狙っているわけでもなく、むしろ縣に向けられているような気がした。

「お、おい!縣!危ねぇ!」

縣はその声に気づいたようだが、今から反応したのでは間に合わないと思った。

海斗は咄嗟に、さきほどまでリンゴを剥いていたフルーツナイフをその男に向かって投げた。

光の槍が縣に向けられようとしたその瞬間、海斗の投げたフルーツナイフが男の手を横切った。

横切ったと言っても凄い勢いで投げたため、その手からは少量の血が流れ出した。

その拍子に光の槍は縣という標的から大きくそれて、屋上のいたるところを破壊した。


「く・・・貴様・・・この距離からこんな小さなナイフを当てるとは・・・こっちの世界にも能力が流出しているということか・・・」

男は海斗を睨み付けたが、何かを思い出したのか、すぐに縣の方に視線を戻した。

「そこのお前!その猫と宝石をよこせ!そうすれば命だけは助けてやろう」

男は縣に向かって猫を差し出すように言ったが、それに合わせて宝石と言う言葉が気になった。

何のことだ、と思ってもう一度猫を見てみると、混乱していてさっきまで気づかなかったが、確かに首のところに紫色に輝く宝石がペンダントのように掛けられていた。

だが、それだけのことだ。

どのみちこの猫を差し出すことは、どういうわけか気が引けた。

「・・・お前がこの猫を襲ったのか?」

縣はその男に渦巻く恐怖を感じながらも、かろうじてその言葉を口にした。

「あぁ、その通りだ。その猫がどうしても抵抗するのでな。やむを得ず
手荒な行動を取ることになった、というわけだ」

「生き物をこんな風に傷つけて、何が面白いんだ!」

「そんなことはどうでもいいだろう?それよりも、その猫をさっさと渡してほしいのだが。返答によっては命を失いかねないぞ?」

その口調には凄まじい殺気が含まれていた。

槍を向けられ縣は一瞬怯んだが、猫を離すことだけは決してしなかった。

「断る!お前みたいなやつにアスカは渡さない!」

「アスカぁ?その猫アスカっていうのか?」

「うるさい!僕が今付けたんだ!大体、猫の命を何だと思ってるんだ!」

この辺りまで来て、海斗はなんとなく空気が軽くなるのを感じた。

明らかに命を狙われているというのに、微妙にギャグの入ったこのシーンは一体何なんだ、と思ったが、そんなことを思っている暇はなかった。

最も、男の方も微妙に戸惑っているようだが・・・

「お前・・・珍しいやつだな~。たぶんお前みたいなやつを大胆不敵っていうんだろうな・・・というか、その猫はいつお前のものになったんだ?・・・まぁいい、とにかく今の発言は、俺に敵対する意志を証明するものだと思っていいんだな?」

男は素っ気無く聞いてみた。

「さっきも言っただろ?お前みたいなやつにアスカは渡さない!」

「ちょ!ちょっと待て!」

さっきまで口を閉じていた海斗が、慌てたように叫んだ。

「縣!お前はあいつに敵対するとか言ってるけど、その男にどうやって対抗するつもりだ!向こうは槍持ちだし、わけのわかんねぇ術みたいなやつも使って来るんだぞ!そいつはその猫に用があるみたいだし、ここは大人しく猫を渡したほうがいい!あいつの殺気は本物だ!冗談抜きで死ぬぞ!第一、その猫と俺達とは無関係だ。命を賭けてまでその猫を守る必要があるのか?」

「先輩は黙っててください!僕はアスカのためにも、こいつに制裁を与えてやらないといけないんです!」

そういうと縣は、どこから取り出したのか、少し錆付いたカッターナイフを構え始めた。

「さぁ来い!お前なんかには負けない!」

縣は全く聞く耳を持たず、それどころか男を鋭く睨み付けた。

「縣!やめるんだ!」

海斗は小さく舌を打った。

(昔から厄介事には首を突っ込むようなやつだったけど、今回は今までのとはわけ違う!)

今から死ぬかもしれないというのに、あの縣のしれっとした態度はなんだ、と海斗は呆れたと同時に、今から起こることへの恐怖感を抱いた。

「ほぅ、威勢だけはいいようだな。だが、馬鹿も大概にするんだな。その選択肢を選んだことを後悔させてやる」

男は先ほどと同じように、光の槍を縣に向かって放った。

しかも再び放った槍は、先ほどのそれよりも大分速い。

「消え失せろ!サンライトランス!」

「!」

光の槍は、縣を正確に狙い撃ちした。

その破壊力は見るからにも凄まじい。

「ふん、やはりただの人間ではこの程度だったか。全く相手にならなかったな」

「お前!」

男の態度に、海斗は拳を握り締めたがあの術を見せられた後ではどうにもできなかった。

「さて、猫と宝石を頂いてさっさとずらかると・・・ん?」

何か様子がおかしい。

光の槍を打ち抜いたはずの部分が突然紫色に光り始めた。

「―――――っ!」

あまりの眩しさに、男も海斗も目を塞いだ。

だが目を細めて光の中を見ると、無傷の縣が微かに見えた。

「何・・・!俺の術を受けて何ともないだと!」

「縣!大丈夫か!」

そんな縣を見て2人は驚いたが、一番驚いて呆然としているのは縣自身のようだった。

「な・・・何が起こったんだ?」

困惑している縣の腕の中で何かが動いた。

縣がアスカと名付けた猫が意識を取り戻し、縣の左肩によじ登ってきた。

(―――契約を結ぼう)

突如、縣の頭の中に幻聴のような声が届いてきた。

(―――早く、宝石の名前を・・・)

驚いたことに、喋っているのはどうやらアスカのようだった。

宝石の名前―――それを縣が知っているわけがなかった。

そのはずだった。

だが、なぜか縣はその宝石のことを知っていた。

(宝石の名前・・・そう、この宝石の名前は―――)

縣はちらっとアスカの方を見た。

アスカには何か秘めたる力が備わっている。

それも、あの男よりも強大な力が。

そんな気がした。

だが男の力とは違って、アスカの力には恐怖というものがなかった。

むしろ自分を優しく包み込んでくれているような、くすぐったい感じがした。

まだ出合って間もない猫だが、不思議と安心感が湧き上がってきて、きっと信用してもよいのだと思った。

縣は一呼吸置くと、浮かび上がってきた宝石の名前を口にした。

「幻影の果てを映し出せ、アメジスト!」

そう言った途端、紫色の宝石―――どうやらアメジストと言うらしい―――は強い輝きを見せた。

その輝きは縣を、そして持っていたカッターナイフを包み込みいつの間にかナイフの方は剣の形へと形状を変えた。

肝心のアメジストは、いつの間にか縣の首に掛かっていた。

だが、アスカの首にもそれは付いたままだった。

どうやら今この場には、さっきまで一つだったものが二つある、ということになる。

だが、それよりも気になったのは剣の方だった。

何か凄い力を感じる。

その力は・・・アメジストから流れ込んでいるような気がした。

「これは・・・?」

「幻影の剣、トゥルーシアソード」

またアスカが語りかけてきたが、今度は幻聴のような声ではなかった。

肩に乗っているアスカは、口を開いて直接話しかけてきている。

「幻影の力が宿っていると言われている剣だよ。聞いた限りだと、君は縣っていう名前なんだよね?どうやら君と僕と、そしてアメジストはみんな似たもの同士みたいだね。そうでないと契約なんて結べないもの」

アスカはペラペラ喋り始めたが、縣には何のことだがさっぱりだった。

現在手に持っている剣にしろ、契約のことにしろ、わからないことだらけだった。

「な・・・なんだか話がよく読めないんだけど・・・」

「とにかく、縣はアメジストに秘められた力を手に入れたわけだよ。あ、ちなみにアメジストの力は物を武器にするだけじゃないんだ。身体能力も大幅に上がっているはずだよ。体が軽くなったと思わない?」

「そ・・・そうなの?さっきから何か体に違和感があると思ったら・・・と、そうだ。おい、そこの男!覚悟しろよな!さっきは勝った気でいたようだけど、今度はそうはいかないぞ!」

縣は改めて男に目をやると、手にしたトゥルーシアソードを構え始めた。

「!」

ところが身構えた瞬間、再び紫色の光が輝き始めた。

その光はそのまま男に向かって―――いや、男をすり抜けてさらに向こう側を狙った。

「ぐっ!」

男をすり抜けた光は、縣とは反対側にいた海斗に直撃した。

「先輩っ!」

縣は一瞬、自分が海斗を攻撃したと思い冷や汗を掻いた。

だが―――

「な、何ともない・・・のか?・・・って、なんだこれ?」

光に直撃してもピンピンしていた海斗は、何かを手に持っていることに気づいた。

それは、蒼く輝く宝石だった。

(―――海斗)

海斗もまた、縣と同じように幻聴のようなものを聞いた。

(早く、宝石の名前を―――)

無論、海斗は宝石の名前など知るはずもない。

だがどういうわけか、海斗もその名前を知っていた。

(感じる・・・この宝石の力・・・そう、この宝石の名前は―――)

海斗は目を閉じて、宝石の名前を思い浮かべる。

「蒼き軌道を描け!インディゴ!」

声を発した瞬間、海斗の体は蒼い光に包まれ、インディゴと呼ばれた宝石は海斗の左手首に吸い込まれた。

「契約完了だな、海斗」

やがて幻聴の声は、直接海斗に語りかけてきた。

その声は海斗の真後ろから聞こえてきた。

声の主を確かめようと振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。

いたのは、飼い猫のハヤテだけ―――

「ほら海斗、予備のナイフ持ってるでしょ?早く出してあの男を追っ払おうよ!」

間違いなく、今喋ったのはハヤテだった。

海斗は暫しの間硬直していたが、やがて我に返ったようにハヤテを見た。

なんとなくハヤテの言う通り、ナイフを出さないといけないなうな気がしたので、制服のポケットから、普段はあまり使わない少し古めのナイフを出した。

「え・・・え~と・・・ハヤテ?一体何がどうなってるんだ?つ~か状況も状況だが、それ以前に何でお前が喋ってるんだ?」

「話は後!まずはあの男をなんとかするよ!」

そう言うと海斗のナイフは、いかにも戦闘用らしい、刃の鋭いハンディナイフに変わった。

「これはフラッシュオービット。蒼き閃光と称されている切れ味抜群の優れたナイフだよ。さて、同じ猫として、猫を傷つけるやつは許せないな。海斗、疾風の刃で切り刻んであげようよ!」

そう言われても、海斗は最早わけがわからなかった。

(だ~!もうどうにでもなっちまえ!)

男のことも宝石のことも自分に備わった力のことも全て棚に上げて、今はこの状況を打開することだけを考えた。

「おい、縣!全く状況が読めないが、どうやら俺達は特殊な力や身体能力を手に入れたらしい。どれほどの力かはわかんねぇけど、今ならその男に対抗できるかも知れない!一気に決めるぞ!」

「え?あ、はい。そうですね!」

縣は軽い返事を返すと、まだ持ったこともない剣の感触を確かめようとその場で振ってみた。

剣の扱い方は全く知らないはずだった。

だが、まるでいつも使っているかのように剣が軽く、不思議と手に馴染んでいた。

それは海斗もまた同じだった。

ナイフなんてリンゴの皮を剥くときぐらいしか使わないし、人を斬りつけるために使ったことはない。

だが、海斗は迷うことなく持ち方を変えた。

扱い方はこれで合っている。

二人とも自信を持ってそれが言えた。

(不思議なこともあるものだな)

それでも、なぜこんな力が備わったのか、その疑問が消えることはなかった。

お互いに突然の出来事に混乱していたが、今はそんなことを考えている暇はないと判断すると、それぞれの武器を構えて男に切っ先を向けた。

少しの間を開けて、二人はほぼ同時に地を蹴って男に向かっていった。

それも、普通の人間では考えられない速度で。

身体能力が激増していることは、それを見るだけで明らかにわかった。

男は二人に挟まれるような位置にいる。

どちらの攻撃を受け止めるべきか、一瞬迷いが生じた。

その隙を突いて二人は男に急接近し、無駄のない動作で男を斬り付けた。

「影翔剣!」

「蒼破斬!」

縣は男を横切るように一振り入れて脇腹を斬りつけ、海斗は空中に飛躍して真空波のようなものを出して男の腕に当てた。

これらの技も本来は知らないはずなのに、初めから知っていたかのよう
に使いこなせていた。

「ぐっ!」

両サイドから斬り付けられた男は一瞬ふらついたが、どうにか耐え切った。

斬り付けられた脇腹と腕から血が出ていたが、致死量には達しなかったようだ。

「ち・・・このままでは分が悪いな。あの時のダメージもまだ戻っていないからな・・・地球に逃げたのなら容易く捕まえられると思ったが、状況が状況のようだし、ここはいったん引くとするか・・・」

本来の力なら地球人ごとき、とつぶやくと、少し残念そうに空に大穴を開けた。

「俺の名はクード。クード・ヴァルハイトだ!覚えておくんだな!」

「ふ~ん、わざわざ名乗ってくれるとはな。それじゃ、こっちも名乗っておくか。俺は浅月海斗ってんだ。そんでもって、こっちは俺の飼い猫のハヤテだ」

「僕は紫雲縣。この猫は、今から僕の友達になる予定のアスカだ!」

「なるほど、紫雲縣に浅月海斗・・・か。覚えておいてやろう。小僧ども!今回は見逃してやるが、次もこうなるとは思わないことだな!」

そう言うと男は大穴の中に入っていった。

男が中に入ると、大穴はそれを見計らったように閉じ始めた。

「・・・はぁ~~~~~~~~~~」

海斗は男の気配が完全になくなるのを感じるとその場に倒れて、疲れた~、と付け加えて不気味なほどに清清しく見える空を見上げた。

「・・・なんだったんでしょうね、あの男・・・」

「クード・・・とか言ってたな。全く、あいつの底知れない力は近くにいるだけで居心地が悪くなるぜ・・・」

すると海斗は、思い出したように横にいるハヤテを見た。

「さてと、謎の男も追っ払ったことだし、そろそろ事の成り行きを教えてもらえないか?また何も分からないままあいつみたいなやつに襲われるのは勘弁だぜ?」

だがハヤテは困ったような顔をして、申し訳なさそうに踵を返した。

「え~と・・・実は俺もよくわかってないんだな、これが。なぜか気づいたら変な感覚に襲われて、いつの間にか契約してた、みたいな?たぶんそっちの猫なら、何か知ってるんじゃないかな~・・・」

そういうとハヤテは、アスカの方をちらっと見た。

確かに、状況をよく知っている可能性があるのはアスカだけだった。

「アスカ、そもそも君は何であの男に襲われていたの?この宝石が何か関係してるみたいだけど・・・」

そう言って自分の首に掛かっているアメジストを示してみせた。

縣の質問に答えることをアスカは一瞬頭の中で拒んだが、やっぱり縣には、そして海斗やハヤテにも知っておく必要があると判断すると、静かに口を開いた。

「うん、全部話せるわけじゃないけど、縣達には耳に入れておくことにしてもらうよ。まず僕が襲われていたことについてだけど、縣の言う通り、あの男はこのアメジストを狙っているみたい」

「アメジストを狙ってるのはなんとなくわかったけど、一体何のために?」

「アメジストを含む七つの宝石には凄い力が秘められているんだ。その七つの宝石は七光宝石と呼ばれているんだけど、その中でもアメジストは未だ明かされていない未知の力があるんだ。あ、宝石の性質についても話しておくね。これは結構重要な事なんだけど、宝石の力は何もしなければ奥底に眠ったままで、自然には開花しないんだ。ところが、その力を開花できる存在として僕達「猫」がいるわけ。でも僕達猫は、どういうわけかこの力を制御することができないんだ。そこで、猫が開放した宝石の力を使うことができる知的な生き物として、縣達「人間」がいるってわけ」

「え~と・・・」

一度にいろんな事を言われて頭がパンパンな縣は、自分の中で整理してみた。

「つまり宝石の力っていうのは、猫と人間がいて初めて使うことができる・・・そういうこと?」

「簡単に言うとそんな感じだね。でも宝石の力はどの猫でも解放できるわけじゃないし、人間にしても誰でも使いこなせるわけじゃない。宝石にも人間や猫と同じように性格が存在して、まずは自分と相性のいい適性な猫を選び出すんだ。次に、パートナーとなる人間を猫が選んで、宝石に適性な人材かどうか検査を受けさせる。あ、人間っていうのは猫が宝石に推薦するのが普通なんだけど、宝石が直接人間を選ぶこともあるんだ。猫と宝石に認められた人間は宝石の力を使う資格を持ち、契約の済んだ猫は人間と会話をすることが可能になる」

「なるほど・・・」

さっきまで黙って聞いていた海斗は、何かに気づいたように口を開いた。

「一見、猫と人間が一心同体になることが重要な気もするが、その中に宝石も加わるわけか。これは三人一組と言っても、強ち間違ってはなさそうだな」

「う~ん・・・そういうことになるのかな?そもそも宝石の力がなければ何も始まらないからね。そうそう、契約を済ませると宝石は二つに分裂するんだ。元は一つの物質だから、離れれば離れるほど効力が弱まってしまうんだ。だから、いつでも宝石の力を使えるように猫と人間は常に近くにいることが普通だね」

「ん?ちょっと待て、俺の宝石は左手首に吸い込まれて消えちまったんだぜ?それ以前に、ハヤテは宝石なんて持ってないみたいだし・・・」

見てみると、ハヤテに宝石らしきものはないようだ。

ハヤテ自身も首を傾げているのを見ると、どうやら心当たりはなさそうだ。

「宝石には自己防衛機能が付いているから、パートナーの体内に身を潜めることがあるんだ。最も、パートナーの意志で出し入れすることも可能だけどね」

「ふ~ん・・・お、ホントだ。出てきたぜ」

少し念じると、いとも簡単にインディゴが姿を現して海斗の手の中に納まった。

海斗は出てきたインディゴを見ると空に掲げて、その輝きをそのまま空
に重ねてみた。

ハヤテの方も、気づいていなかっただけでちゃんと体内に潜めてあったようだ。

「・・・そういえばこの宝石・・・インディゴはどこから出てきたんだ?お前らが持ってるアメジストの方は最初からアスカが持ってたけど、インディゴはいきなり現れた・・・よな?」

「そういえばそうですよね・・・アスカ、何か知らない?」

海斗の素朴な疑問に縣は首を傾げて、アスカに聞いてみた。

「う~ん・・・それについては話でしか聞いたことがないんだけど、アメジストには宝石を精製する力が備わっていると言われているんだ。それが紅、蒼、翠、昏の四色らしいよ。でもその四つの宝石のパートナーは主であるアメジストが決めるものなんだけど・・・もしかしたらアメジストの中でインディゴ自身が海斗とハヤテをパートナーにしたくて、アメジストに断りもなく飛び出して来ちゃったのかもしれないね。まぁアメジストは僕や縣と一緒でお人好しな性格だから、パートナーを強制するつもりは最初からなくて、自分で選ばせて上げたんじゃないかな?」

「そうなのか。じゃあこれはその四色の中でもどう考えても蒼の宝石・・・ってことになるな。さっき蒼く光ったわけだし」

海斗は「蒼で良かったぜ~♪」とはしゃいでいる自分を心の奥底で見つけたが、すぐに現実へ退避して視線をアスカの方へ戻す。

「そういえば宝石の力なんて大きく言ってくれるけど、具体的にはどういうことができるんだ?」

「契約時にはパートナーの記憶をちょっと追加して、きちんと宝石が扱えるように最低限の知識を与えるみたいだよ。宝石の名前を知っていたのも、武器の扱い方や技を知っていたのもその記憶操作で新しい知識を埋め込まれたからだよ。あと契約が済んだ後は、さっきみたいに身体能力が大幅に上昇したり、宝石から武器を精製できたりできるようになる。その他にも宝石一つ一つに備わっている特殊能力が使えるようになるんだよ。その特殊能力までは僕もよく分かんないんだけどね・・・」

「ふ~ん、どうりでな」

海斗は改めて宝石の力を知った。

記憶を操作できるなんて、普通の宝石とはわけが違う。

海斗は凄いもの手に入れちまったな、と僅かに恐ろしさすら感じていたが、隣で聞いていた縣の方は、何か別件で考え事をしているようだった。

「どうしたの?まだ気になることがあるんなら分かる範囲で答えるけど・・・」

「・・・あのさ」

改まって聞く縣に、アスカはクエスチョンマークを浮かべた。

「・・・この際宝石のことはどうでもいいんだ。僕はクードがアメジストを使って何をしようとしているのか、そういうことが知りたいんだ」

クードがいつまたアスカを襲ってくるか分からない。

縣は微かにそんなことを考えて心配になっていたが、アスカはその質問に答えることは出来なかった。

「・・・そこまでは僕にもわからないんだ・・・でも、クードがミルキーウェイから来たってことは確かだね」

「ミルキーウェイ?」

縣と海斗は顔を見合わせてお互いに目で聞いてみたが、結局よくわからなかったのでアスカに視線を戻した。

「ミルキーウェイっていうのは僕の故郷。ヘヴンズアースから見てみると「異世界」といったところかな?」

アスカは詳しく説明してくれているそうだが、今度は「ヘヴンズアース」というものが何なのかがわからなくなった。

それに異世界というのも、どうもパッと来ない。

二人ともよく分からなそうな顔をしているのを見て、アスカもつられてよく分からなくなった。

「・・・あれ・・・縣達の世界は「ヘヴンズアース」・・・っていう名前じゃないの?」

「え・・・ここは「地球」って呼ばれているはずだけど・・・そもそも地球以外にも世界と言えるものが広がっているの?」

今では宇宙への進行も進んでいるし、将来的には他の惑星へ行く事だって可能になると言われているが、それらの惑星は手を加えない限りは人が住める環境ではないはずだ。

宇宙空間の中ではないとすれば、そのヘヴンズアースといわれるものは一体どこにあるのだろうか。

「ヘヴンズアース・・・か。もしかして、それは俺達が地球と言っているもののことを指しているんじゃないか?」

海斗は思い付きで言ったようだが、それを聞いて縣はハッとした。

「そうか、地球とヘヴンズアースは名前が違うだけで指しているものは同じなんですね!」

「つまり、この二つはイコールで結ばれる・・・ってことかな?」

「そんじゃ、ヘヴンズアースのことは解決だ。むしろそういうことにしておこう。でもミルキーウェイっていうのはやっぱりよくわからねぇな・・・」

考え込んでいる海斗に、アスカが付け足した。

「ミルキーウェイっていうのは、ヘヴンズアースと同じ場所に位置して
いて、常に隣り合っているんだ。でも次元そのものが違うわけだから・・・う~ん・・・「異世界」というよりは「裏世界」・・・っていうのかな?とにかく、イメージとしてはそんな感じ」

やっぱりよくわからない。

二人がそんな顔をしているのを見て、アスカはどうすればいいか戸惑った。

「え・・・え~と・・・あ、ほら、イメージさえ掴んでくれればいいんだ。それに、今はなんとなく理解できてればいいからさ」

「そうは言っても、状況はなるべく詳しく知っておかないと・・・」

「まぁまぁ先輩、これから知っていけばいいじゃないですか。今はとりあえず「異世界が存在する」ってのを頭に入れといて、あとは保留ってことにしておきません?」

縣の提案に海斗は納得がいかなかったが、自分達の今の知識ではアスカの説明はこれ以上理解できそうにないというのを察すると、しばしば同意した。

「ん~・・・まぁそういうことにしておいてやるか。じゃあ次は・・・おぉそうだ、クードの開けた大穴・・・あれは一体何なんだ?もしかして、あれが異世界とやらに繋がってたりするのか?」

「うん、あれはきっと異世界だよ。空気の感じもそっくりだったし・・・」

「空気の感じ?そんなものがわかるの?」

「猫は人間と比べて感覚神経が優れているからね」

縣の些細な疑問に、ハヤテが補足を加えた。

海斗は「そんなもんなのかね~」とでも言いたげな顔をして見せた。

「ハヤテも、あの大穴は異世界に繋がってると思うのか?」

「生憎、異世界の空気には触れたことがないからよくわからなかった
よ。でも地球と比べると大分濃度が濃かったな。やっぱりアスカの言う通り、異世界に繋がってるんじゃないのかな~?」

「随分曖昧な答え方だな・・・」

「分かんないものは分かんないとしか答えられないよ」

足で首を掻き始めたハヤテを見て、海斗は随分適当なやつだなと思ったが、自分と似ている猫なのだからしょうがないな、と無理やり理由をこじつけて自分を納得させた。

「・・・ま、聞きたいことは山ほどあるけど、今日はこの辺にしておくか。いっぺんに知識を全部入れると、逆に何も分かんなくなっちまうからな」

「そうですね。あ、そういえば先輩、成り行きでこんなことになっちゃいましたけど、先輩も一緒に戦ってくれるんですか?」

「あぁ、本当は面倒くさいし降りたいところだが、お前一人に任せてたら死んで戻ってくるような気がするからな。しょうがないから協力してやるよ」

「先輩、すいません・・・いつも面倒掛けて・・・」

「まぁお前にはいつも振り回されてるしな。それが一つ増えただけのことだ。気にするな」

海斗はそれでも面倒くさそうで乗り気のしない顔をしていたが、いつもこんな感じなので縣はあまり気にしなかった。

「それじゃあ細かい知識は少しずつ入れていくとして、今日のところはいったん解散にしましょうか。あ、いろいろ話してる間にもう下校時刻ですね・・・アスカ、僕の家に帰るよ~」

「・・・・・」

「アスカ・・・?」

「え?あ、そうだね。今後は気をつけようね」

「全然聞いてねぇじゃん・・・」

何か様子がおかしいアスカに海斗が突っ込んだが、アスカはわざとらしく笑うと縣と共に階段を下りていく。

見た感じだと、縣は今言われたことを整理しながら、アスカは何か別の事を考えながら立ち去っていった。

「・・・一体何なんだ?」

「海斗、俺達もそろそろ帰ろうぜ~」

「あ、あぁ・・・」

縣達と同じく、海斗もハヤテも今後のことについていろいろと考えながら階段を下りていき、屋上には誰もいなくなった。






次の日、縣はいつもと同じ顔をしていつもと同じように登校した。

唯一違うところと言ったら、アスカを一緒に連れてきているということだ。

それに、今朝はなぜか珍しく遅刻をしてしまった。

だが、今日はそんなことを気にしている気分ではなかった。

縣はふと、アスカのことを考えた。

七夜高校ではペットの持ち込みは厳禁されている。

しかし、今後のことを考えるとなるべく近くにいた方が良いという結論になり、一緒に来ることになった。

そういえば、今朝は結構ドタバタしていたなと思い、そのときのことを思い出した。






今朝の登校中、縣はアスカを堂々と出して、しかも喋りながら連れてきていたのだが、偶然海斗と遭遇して「ちゃんと隠せよ」と言われたのでその通りにした。

最初は「友達を隠す必要なんてどこにあるんですか!」と反論していたが、海斗の方は冷静にも「一般的に猫はペット扱いだ!そして学校側にとっては不要物扱いだ」と言ってきた。

縣の反論はまだ終わらなかったが「アスカを出しておくことは敵に攻撃してくださいと言っているようなものだ!」という海斗の台詞で幕を閉じた。

なるべくアスカを傷つけるようなことは避けたいと思っていた縣は、単純なやつだということもありさっきまであったはずの不満をどこかにかき消して同意した。

同意した後は大人しく言われた通りにバッグのポケットに隠したが、今度はまた違うことを考えた。

いくら安全を守るためとはいえ、ずっと隠しておいて自由を奪うのは嫌だった。

「ま、猫は敏感な生き物だからな。校内では放し飼いにしてりゃ大丈夫だろ。俺は毎日自由気ままにさせてるけど、未だにバレたことないしな」

それを聞いて縣は安心した。

それならアスカには、屋上で暇でも潰してもらおうかな、とそんなことを考えてながら軽く微笑んだ。

「そういえば縣、まさかアスカと会話してる姿を誰かに見れらたりしてないだろうな?」

「あぁ、なぜか今日は誰とも会いませんでしたよ?」

「そうか。それじゃ、学校では・・・というより人のいるところでは不用意に喋るなよ。猫が喋るなんて、普通では考えられないからな」

アスカと会話をしている姿を誰かに見られなかったことは不幸中の幸いだったのだろう。

海斗はそんなことを考えてはいたが、突然足を止めた。

よくよく考えてみると何かおかしいと思った。

今は登校時間だ。

誰とも会わなかったというのは明らかに変だ。

縣の家の付近に住んでいる人は決して少ないわけではないし、途中で合流する人だっているだろう。

そういえば縣だけじゃなく、俺も今日は誰とも会っていないな、と思っていると違和感とも言えないものが目の前で渦巻いた。

海斗はふと、左手に付けている自分の時計を見てみた。

その瞬間、汗がドッと出てきた。

「先輩、どうしたんですか?」

難しい顔をしている海斗を見て、縣はしばしば顔を覗き込んで聞いてみた。

「・・・なぁ縣。七夜高校の登校時間は何時だったっけ?」

当たり前のことを聞かれて、縣は疑問に思った。

当然、自分の通っている高校の登校時間くらいは普通に知っている。

「え~と・・・確か8時半ですよね?それがどうかしました?」

「・・・今9時半だ」

それを言われて驚いた縣は、自分の時計も念のため確認してみた。

その時計は明らかに9時半前後を指していた。

「あ・・・あれ?家を出たときは確か8時ごろだったような・・・」

「ん?家を出たのは9時ごろだった気がするけど・・・」

先ほどバッグのポケットに入れたばかりのアスカが、ひょこんと顔を出して答えた。

「ちなみに海斗が出たのも9時ごろだったよ」

ハヤテも海斗の制服から同じように顔を出して、そんなことを証言した。

「いやぁ、昨日はいろいろあったからねぇ。まさか時間を間違えるほど疲れてるとは思わなかったよ♪」

なぜかハヤテは楽しそうに発言している。

「お前、知っててわざと言わなかったな・・・」

「その通り~♪」

それを聞いて、海斗はため息をついた。

海斗は、もうどうでもいいや、というような素振りを見せると、「知ってるなら言えよ」と適当に突っ込んだ。

アスカの方は、申し訳なさそうに沈んだ顔をして縣に視線を向けた。

「縣~、気付いてやれなくてごめんね。いつも9時ごろに出てるのかな~って思ったから・・・」

「あ、いや、アスカは時間を知らなかったからしょうがないよ。それより、遅れてるっていうこともわかったことだし走って行くよ~。ほら、先輩も早く」

急かしている縣に、海斗は「え~?」と面倒くさそうな顔をして見せた。

「だってよ~、どうせ既に遅れてるんだから今更急いでも無駄じゃね?つ~か朝っぱらから走るのはだるいし疲れるし面倒くさいし長距離は嫌いだし、やってらんねぇ」

また先輩の「面倒くさい」が始まったな、と縣は思った。

しかしそれを見ていると「やっぱりいつもの先輩だ」と実感できる。

一日の間で一度も「面倒くさい」と言わなかったら、それこそ先輩の危機だ、と思っているぐらいだ。

「大体、遅れるぐらい別にどうでもいいじゃね~か。時間は山ほど残ってるんだ。それに逆らって「急ぐ」なんていう動作なんかやってられるか」

「は~い、屁理屈こねてないで早く行きますよ~。あ、せっかくですし学校まで勝負しません?」

縣は海斗の言い分を屁理屈扱いしてあっさり流すと、強引に海斗を走らせた。

海斗の方はまだ「なんで俺が・・・」と愚痴を言っていたが、それすら面倒くさいと感じると適当に走り出した。

「あぁ、先輩!待ってくださいよ~っ」

「走れと言ったのはお前だ。俺は待ってやらん。つ~か勝負中に止まるやつがどこにいる」

そう言うと海斗は、縣を置いてさっさと行ってしまった。

縣はすぐに追いかけたが、距離は離される一方だった。

だが、こう見えて縣は中学時代にバスケットボール部に所属していて身体能力は人並みには付いているはずだ。

決して縣の方が鈍いわけではない。

むしろ、海斗が速すぎるのだ。

「う~ん・・・やっぱり先輩は速いなぁ。さすがは校内で「疾風の海斗」の異名を持っているだけあるなぁ」

「「疾風の海斗」って・・・そんなに速いの?縣、よく自分から勝負する気になったね・・・。勝てる見込みあるわけ?」

アスカは半ば呆れてはいたが、縣自身はあまり慌ててはいないみたいだった。

「ま、いつも通りに走ってれば大丈夫でしょ。どうせ学校着くころには追いついてるはずだし」

「え?どういうこと?」

その自信は一体どこから出てくるんだろう、とアスカは思ったが、縣の余裕な顔を見る限り、ハッタリではなさそうだ。

「先輩は瞬間的には誰にも負けない速さを持っているけど、その分スタミナがなくてバテやすいんだ。ほら、さっき長距離は嫌いだ、って言ってたでしょ?」

「あぁ、そういえば・・・」

微妙に曖昧にしか覚えてはいなかったが、きっさの愚痴の中にうっすらとそんなことも一緒に言っていたような、と、記憶の片隅にはかろうじて残っていた。

「でもさ、いくらスタミナがなくたってあれだけ速かったら短距離は無敵だよね?もしかして部活はスポーツ系?」

「いや、実はどこにも入ってないみたいだよ。たまに担任からも「長所を伸ばす気はないか」って誘われるらしいんだけど、面倒くさいの一点張りだし・・・」

「随分ともったいないことしてるんだね・・・」

「先輩はそういう人だから♪」

縣が楽しそうに言うのを聞いて、アスカは海斗に対していろんな意味で威厳を感じた。

「ああ見えて昔はバスケ部に入ってたんだよ。でも他人との馴れ合いはあんまり好きじゃなかった人だから部活は随分と苦痛だったとか・・・あ、他人を毛嫌いしてるのは今もそうなんだけどね。たぶん高校で部活に入ってないのもそのせいだと思うよ」

「ふ~ん。不思議な人なんだね」

アスカは改めて、世界にはいろんな人間がいるということを認識した。

「・・・ねぇ、縣はどうして海斗のことを慕ってるの?」

「う~ん、そうだなぁ・・・」

そもそも、自分と先輩はどういう出会いをしたんだっけ、と一瞬頭の中をよぎった。

「先輩の第一印象は「面白い人」だったな」

「面白い人?」

「そう。なんというか・・・思考回路が自分とは全く違って、物事を凄い位置から見渡せるような人なんだ。でもそれがむしろ面白いって感じてね。先輩は自分の視野がかなり広いけど、同時に僕の視野も広げてくれるんだ」

「視野を広げる・・・か。やっぱり何かが他の人と違うなぁ」

「例えば、さっき先輩は遅刻に気付いたときに「時間なんか山ほど残っている。それに逆らうなんてやってられるか」って言ってたよね?僕はあのとき、遅刻はいけないことだと思ったから、急いで行こうって言った。でも先輩は、そんなことは些細なことだと思って、急ぐ必要なんてないって言った。僕はその後先輩を促して走らせたけど、先輩の言うことは間違ってなかったと思うんだ。何者にも縛られず、ただ自分の思うままに行動する。なんだかさ、僕は時々先輩は風なんじゃないかって思うんだよ」

「風・・・?」

アスカはどういうわけか、驚きというものを感じた。

一体何に驚いたのだろうか。

きっと海斗の中に眠っている何かに対してだとは思うのだが、その正体が何なのかはわからなかった。

「・・・そっか。海斗は自由を求めているんだ」

「自由?」

思いがけない言葉が返ってきて、今度は縣が驚かされた。

そもそも先輩が何を求めているのか、今までそれを考えたことなんてなかった。

自由。

先輩はそれを求めている。

言われてみると、そんな気がする。

普段から面倒くさいと言って物事を避けてはいるが、本当は自分なりに自由と言うものを探していたのかもしれない。

「ねぇ、縣。宝石には性格があるって話は昨日したよね?」

何を考えてか、アスカが唐突にそんなことを言ってきた。

宝石には人間や猫と同じように性格が存在する。

それは、昨日アスカの口から直接聞いたことだ。

「うん、確かそれを基準に適性なパートナーを選ぶんだったよね?」

「その通り。それじゃあ、宝石には象徴となる言葉があるっていうのは知ってる?」

「象徴?」

「縣と僕が持っているアメジスト。海斗とハヤテが持っているインディゴ。それらにはそれぞれ象徴となる言葉が存在するんだ。僕達の持っているアメジストには「誠実」の意味が込められている。私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。それがアメジストの象徴、つまり性格を表すものであり、同時に縣と僕の性格を表すものでもある」

アスカは象徴について説明してくれたが、縣は頭を掻いて何かを考え始めた。

「う~ん・・・性格って言ってもパッと来ないなぁ。そもそも自分が誠実なのかって言われても、僕はいつもと同じように人と接して、いつもと同じように生活を送っているつもりだし、いまいちよく分からないよ」

「自分の性格は自分が一番よく知っているってよく言うよね?それは間違ってはいないと思うんだ。確かに自分の性格は自分がよく知っている。そのはずなんだ。でも、普段は霧に隠れて見えない状態なんだよね」

「アスカの言うこと、なんとなく分かる気がするよ。その霧はさ、自分で自分を見るときにしか出てこないんだ。誰かが自分を見るときは普通に見えているのに、不思議だよね。内面からじゃ五里霧中の状態なのに、外面から見ると先がはっきりと見えてくる」

「うん、僕も同じようなものだよ。自分のことって未だによく分かってないし、でも他人のことはどうとでも言える。あ、象徴の話に戻るけど、海斗とハヤテの持っているインディゴも宝石である以上、当然象徴は存在する。何だと思う?」

「ん~・・・もしかして「自由」ってやつ?」

「僕も似てるとは思ったけど、ちょっと違うんだな~。インディゴの象徴は「希求」。強く願い求めることっていう意味だね。なんだか「自由」と表現が似ていると思わない?」

「うん、そうかもしれないね。強く願い求める・・・か。先輩の中にもそういうものがあるのかな?」

縣はこれまでの海斗の生活を思い出してみた。

どう考えてもただ適当に過ごしていたように見えたのだが、どうやらそうではないらしい。

海斗はあまり人には頼らない性格なのだが、本当は一人で自由本望に生きたかったのかもしれない。

隣にいたアスカは何を思ってか、にんまりと微笑んだ。

「インディゴも、海斗のそんなところを見抜いてパートナーにしたのかもしれないよ。それとも、隠れた才能でも発見したのかな?」

「どっちもじゃない?」

それもそうか、とアスカが納得すると、縣は海斗の不思議さには慣れているはずだが、珍しくそれを思い知ったような気がして、そんな自分が可笑しくなって口元が笑い出した。

「さて、そんな先輩に勝つためにも、今は学校へ直行だ!」

朝の日差しを受けていた縣の顔は、実に穏やかだった。

アスカは自らのパートナーとなった少年の肩から飛び降りると、バッグの中に身を潜めた。

数分後、校門前には勝ちを誇って胸を張っている縣と、息を切らして壁に手をつけている海斗の姿があった。






(結局、昨日のことについてはまだあんまり聞いてないんだよね・・・)

教室の窓際の席で校庭を見ていた縣は、ぼんやりとした頭で昨日のことを考えていた。

(やっぱり、もっと詳しく聞いておくべきなのかな。それとも、アスカが自分から言ってくれる時を待つべきなのかな)

あんまり強引な行動は取りたくないというのが縣の本心だったが、その反面、何も分かっていないということも事実だ。

縣は視線を校庭から空に向けた。

空は青い。

いつもと変わらない空がそこにある。

それを見ていると、昨日の出来事が夢なのではないか、と思ってしまう。

「縣君?」

突然名前を呼ばれて縣はハッとした。

声の主を確かめようとすると、目の前には担任のほたる先生がいた。

黄金色の長い髪の毛はサラサラとしていて、身に付けている服装からは上品さを感じる。

耳にはいつものように、紅に輝くピアスを付けている。

「どうしたの、縣君?何か考え事?」

「い、いえ、なんでもありません。それより、何か用ですか?」

「耳に入れておいてもらいたいことがあるのよ。皆には今日のホームルームの時間に言っておいたんだけど、縣君は遅刻してきたからまだ知らないわよね?」

そう言われると、縣は確かにその通りだと軽く頷いた。

そのとき縣は、ほたる先生の顔が珍しく険しくなっていることに気付いた。

ほたる先生自身も少し口ごもっていたが、やがて縣に顔を向き直した。

「昨日・・・のことだと思うんだけどね。屋上が荒らされていたの」
それを聞いた瞬間、縣は顔をしかめた。

しかし、すぐにいつもの顔に戻した。

屋上のことは何も知らないことにしておいた方がいい。

その方がややこしくならずに済むと思った。

「それでね、その荒らされ方が尋常じゃないのよ。まだ誰がやったかも分かっていないし、どうやって荒らしたのかすら分かっていないの。それで念のため縣君にも聞いておきたいんだけど、貴方はそのことについて何も知らないわよね?」

「し、知りませんよ?だ、第一屋上って一般生徒は入っちゃいけないじゃないですか?」

微妙に声が裏返った気もするが、最早それすら分からなくなるくらい慌てていた。

縣はそれを誤魔化そうと、わざとらしく咳払いをしてみせた。

「お~い縣、次体育だぞ~。一緒に行こうぜ~」

そのとき甲高い声が聞こえた。

神夢だった。

「あ、ほたティー♪いたんですか♪」

神夢はケラケラと笑いながらほたる先生に軽く頭を下げた。

ちなみに「ほたティー」というのはほたる先生のことだ。

神夢はどの先生に対しても名前を省略して、それに「ティー」をつけて呼んでいる。

英語で書くと「先生」のことを「ティーチャー(teacher)」と書くので、「ティー」の部分を適当につけているらしい。

そんな神夢に影響されて、同じ呼び方をする生徒も少なからず存在している。

「おはよう、神夢君。それともこんにちは、かしら?」

「へへ、こんにちは。え~と・・・お話中でしたか?」

「朝のホームルームの時間に屋上のお話をしたわよね?それを縣君にも連絡しておいたの」

「そうなんですか。ホント、誰がやったんでしょうね。さっき見に行きましたけど、あれはもう普通じゃありませんよね?」

「神夢君、屋上は立ち入り禁止だったはずなんだけど?」

「・・・あ」

口が滑った、とでも言いたげな顔をした神夢が冷や汗を掻いた。

ほたる先生は微笑みを浮かべていたが、その表情の奥からは底知れない怒りがこもっていた。

「神夢君♪帰りに先生のところによってくれるわよね?」

「うぇ・・・そんな・・・縣ぁ、俺達って友達だよな?当然助けるのが慈悲ってもんだよな?」

神夢が助けを求めているので、縣は一瞬どうしようかと考えたが、ほたる先生の顔に「助けたら貴方も巻き添えよ♪」と書いてあったので止めておくよ、と視線を投げて答えた。

神夢はそれを見てため息をついたが、すぐに何かを思い出したようにハッとした。

「そういえば縣、昨日逃げ回って二手に分かれた後、お前上に上がってったよな?そのとき屋上に行ったんじゃねぇの?」

「え・・・あ・・・え~と・・・」

何か言い訳を考えるが、普段から正直者な縣はなかなか思いつかない。

「縣君?もしかして、そのときからすでに荒らされていたのかしら?」

「そ・・・その・・・あ、実は僕、屋上に行く前に別の階層に逃げたんです。だ、だから屋上のことは知りません!」

咄嗟に答えたので、声は震えるように空中を流れた。

縣は先ほどと同じように、わざとらしく咳払いをしてみせた。

「ふ~ん、そうなのか。ま、結局俺はその後、梢先輩と組んだ綾乃に捕まっちまったんだけどな」

「あ・・・昨日は捕まる日だったのか・・・」

縣は神夢に聞こえないように小さく声を発した。

ちなみに梢先輩とは2年生の情報部の部長を指しており、同じ情報部の綾乃とは仲の良い先輩だ。

本名は七鞘梢。

部長であると同時に、生徒会副会長だ。

梢は奇数の日は綾乃の助っ人に入り、神夢の追いかけっこに付き合っている。

なので非常にどうでもいいことだが、三十一日まで存在する月は捕まる回数が一回多くなる。

最も、神夢はその法則性には気付いていないようだが・・・

「あらあら、結局屋上には行ってないのねぇ。珍しく二人の困った習性が役に立つと思ったのに・・・」

「習性って・・・授業抜け出すことは習性と言えるんでしょうか・・・」

なぜかほたる先生は時々天然が入る。

「うわ!そろそろ本当に体育が始まっちまう!ほたティー、もう縣引き取っちゃって大丈夫ですか?」

「あら、ちょっと話過ぎちゃったわね。遅れちゃいけないし、この話はいったん中断しましょうか」

「それじゃあほたる先生、このへんで失礼します」

縣は頭を下げると、神夢とともに教室を出ようとした。

「あ、縣君。別件で一つ言い忘れてたわ」

ほたる先生に引き止められて、足が止まった。

「手短に話すわね。こないだのレポートの課題、まだ提出してないのは遅刻した縣君だけなの。帰りに職員室に提出しに来てくれるかしら?」

「あ、はい。わかりました」

そう言うと、二人は教室を後にした。






「レポートレポート・・・うん、これだな」

下校時刻になると、生徒達は次々に帰宅し始めた。

しかし縣は、レポートを提出しに職員室へ行くところだった。

「さ~て、職員室は二階の渡り廊下の先だな。行ってくるかな。あ、提出し終わったらアスカを迎えに行かないとね」

アスカは学校に到着後、屋上へ行かせてやった。

猫の感覚神経なら、他の人間には見つからないだろう。

そんなことを考えながら階段の近くまで行ったとき・・・

「きゃっ!」

「おっと!」

少しボーっとしていたこともあってか、誰かに接触してしまった。

その人物はぶつかった反動で倒れかけたが、縣は咄嗟に手を掴んで支えてあげた。

「あ・・・ごめんなさい・・・って、縣君?」

「あ、莉翠ちゃん」

その人物はクラスメートの桜奈莉翠だった。

銀色に輝くストレートヘアーは驚くぐらいに整っていて、ヘアピンで留めている箇所もある。

身なりは綾乃などとは違って、膝が隠れるぐらいの長めのスカートを身に着けている。

そして片手には何枚かの楽譜を持っていた。

莉翠は合唱部に所属していて、校内では歌姫と称されるほど透き通った声を出せることで有名である。

「ごめんね。ちょっと考え事してたから・・・」

「あ、私の方こそちょっと急いでて・・・」

「大丈夫?怪我とかしなかった?」

「うん、大丈夫。特に何ともないみたい」

縣はそれを聞くとホッとして、ようやく手を離した。

「あ、それじゃあ私もう行くね」

莉翠はにっこり微笑むと、懲りずに再び廊下を走っていった。

(これから部活かな?)

音楽室の方向に向かったことから、縣はそう思った。

しばらく階段の手前で止まっていたが、用事を思い出すと職員室の方へと足を運んでいった。

猫とアメジスト | 17:52:36 | Trackback(0) | Comments(6)
次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。